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NOVEL

夢の続きを、もう少しだけ ~Happily ever after~ 

9,143 文字/1p

 

一々二/112さんし

「てめぇ、俺と付き合うか?」

「うん」

 

冗談半分で告げた一言で一応『付き合っている』ことになった沖田と神楽。

しかし半年たってもデートに誘わなかった沖田は、「もう別れる」と告げられてしまう。

破局寸前の中で斉藤終が提案したのは、休みの度に通っているという遊園地・大江戸ドリームランドでのデート。

どうにか神楽を誘い出し初デートに向かった沖田だが、山崎率いる真選組隊士達が遊びに来ていることに気付いてしまう。

浮かれた姿を見られたくないと会わないように苦心するが、様子のおかしい沖田に神楽は不機嫌になっていき…。


表紙は、SNAO様の素材をお借りしました。ありがとうございました。

「沖田隊長ってチャイナさんとデートとかしないんですか~?」

酔っぱらった山崎がにこにこと口を滑らせる。土方はぎょっとした顔で沖田を見るが、表情は特に変わっていない。

「そんなもんする訳ねェだろ」

興味なさげに酒を飲む。

「えー、だって付き合ってもう半年くらいですよねぇ?今日日のカップルは、映画だ遊園地だ動物園だって出歩いてますよ。ひっく」

 

付き合っている。

この状態はそうなんだろうか。

神楽の歳が16を超えた頃から、自分たちを見る周りの目が変わっていった。

銀時と新八は警戒するような目でこちらを見ていたし、近藤はそわそわしながら最近はチャイナさんとどうなんだ?と尋ねてくる。

心底うざったい。

あの日は連勤が続いてイライラしていた。ベンチでサボっていると、能天気な神楽が駄菓子屋に行こうと誘ってくる。

苛立ちから、からかってやろうとつい気まぐれを口にした。

「てめぇ、俺と付き合うか?」

「うん」

「…え。駄菓子屋行こうって言ってんじゃねェぞ」

「分かってるアル」

「…あっそ」

何とも腑抜けた感じで付き合っている、という状態になった。

神楽は万事屋に帰るとすぐに報告をしたようで、二名の保護者が屯所に討ち入りをかけたことから、隊内全員に周知されてしまった。

しかし、それからも毎日は特に変わらない。

約束をするわけでもなく、道や公園で出くわせば喧嘩をしたり、言い争いをしたり。公園でサボっているとメシを奢れと寄って来た。

 

間違ってしまったのは1か月前、夕暮れの公園。

たまたま誰もいなかった。周囲は暗くなり、街灯が灯り始める。いつもの公園とは違う雰囲気。

些細な話をして、じゃあ行くかと立ち上がった時にたまたま手が当たった。普段蹴る殴る胸倉を掴む噛みつくと荒々しいくせに、なぜかこの時の神楽はすぐに手を引っ込めた。

意外な動作に、照れて背けた横顔に、仄かな明かりの公園に、全てが狂ってしまった。

無意識に手が伸びて顔を近づける。触れた感触は柔らかく、驚くほど脈が速くなり身体の中がしびれるような感覚だった。しばらくこのままでいいかと思うほど。

数秒の内に離れると、目一杯突き飛ばされてベンチから落ちる。地面に仰向けに倒れ、神楽の足が遠ざかるのを眺めた。

「…やべェ」

こんなことをするつもりじゃなかった。頬が熱い。顔を両手で覆う。

しばらく動けず、熱を冷ますように夜空を見上げた。

 

それから数日後。公園のベンチでいつものようにサボっていると、目の前から気配がする。アイマスクをずらすと、不機嫌そうな神楽が立っていた。

「おい、クソサド。お前、どういうつもりアルか」

「はぁ?突然なんでェ」

「あの…その…この間…」

ごにょごにょと顔を赤くして言い淀んでいるので、

「あぁ、キスしたこと?」

としれっと聞くと、ますます真っ赤になって怒り出す。

「ふざけんなヨ!デリバリーのない男アル!」

「デリカシーな。別にいいだろィ、付き合ってんだから」

「…わたし達、本当に付き合ってるアルか」

「何が言いてぇんでェ」

「みんなに、変だって言われるアル。デートしたこともないし」

言われてみれば一般的には変なのかもしれない。あまりにいつも通りで気付かなかった。

「なのに、その、キスはするとか、身体目当てなんじゃないかって」

「どこのどいつでェ、そんな戯言言う奴ァ」

刀の柄をキンッと持ち上げる。意に介さず、神楽は続けた。

「おまえ、わたしのこと好きアルか」

「ばっ!急に何言うんでェ」

「ふーん…やっぱり思いつきで言っただけアルか。もう別れる。バイバイ」

くるりと回れ右して走り去って行く。

「おい!」

今度こそ捕まえようとするが、すれ違いで土方が現れる。

「総悟!こんなとこにいやがったか!サボってんじゃねぇぞ!」

「どけ土方!それどころじゃねェんだ!」

「ふざけんな!勤務中だ!」

隊服の襟ぐりを握りこまれ、逆に捕まえられてしまった。

 

一連の出来事を思い出し、頭を抱える。

あれ以来、神楽が姿を現さない。

幼い頃から剣を振るう以外やってこなかった芋侍が、今更世の男女と同じようにデートなど出来る訳がない。

無心で酒を煽っていると、誰かがぽんぽんと肩を叩く。

「終兄さん」

スケッチブックを取り出す。

『総悟くん』

『いい場所があるZ』

にっこりと優しい笑顔を見せた。

 

万事屋のチャイムが鳴り、神楽が玄関を開けると沖田が立っていた。

そのまま扉を閉めようとするが、足と手を差し込まれて閉められない。

「何の用アルか!お前とはもう別れたアル!どけろヨ!」

「話聞け、バカチャイナ!」

ぐぬぬぬと二人が力比べをしていると、

「出かけねェか」

沖田の思わぬ言葉に驚いて手を離す。疑わし気に見上げると、定春そっくりの犬のイラストが描かれた紙を差し出される。

「…ドリームランド?あのCMでやってるとこ!?みんな行ったことアルって言ってたアル!銀ちゃんに頼んだら高いからダメだって…」

「連れてってやらァ」

「本当アルか!」

神楽は途端に笑顔を見せる。日程を合わせ、手短に万事屋を後にした。

ひとまず最悪の事態は回避。

 

屯所へ帰ると、そわそわした終が待っていた。

『どうだった?』

「あー、バカ面で喜んでやした」

『よかった』

『じゃあ、これ』

渡されたのは本。表紙をよく見ると、終が巨大な観覧車の前でにっこりピースをしている。

「…なんですかィ、こりゃ」

『総悟くんに最高のデートをしてもらおうと思って』

『作ったZ』

「マジで…」

パラパラと捲るが、書店で売られているガイドブックと遜色ない出来上がり。デートのタイムスケジュールや、おすすめスポットが網羅されている。

『成功させよう』

ぐっと親指を立てる終に、沖田も同じポーズを取った。

 

デート当日。

目的地に近づくにつれ、いつもの街並みとは違うメルヘンな雰囲気に包まれる。街灯、地面、建物、遠くに見える巨大観覧車。楽し気な音楽が、ますます気持ちを高揚させる。

神楽はあちこちをきょろきょろと見回し、わーわーと跳ねながら感嘆の声を上げた。

「すごいアル!かわいいアル!あ!あっちの壁もキラキラヨ!ひゃー!」

いや、お前の方がかわいいけど。心でつぶやくが、顔は無表情。

大勢の客が同じ方向に向かって歩く。皆一様に期待に胸を躍らせて、ニコニコと笑っている。

普段は頼まれてもこんな人の多い場所は御免だが、隣の笑顔を見て、まぁいいか、と思う。

入場すると、別の世界に足を踏み入れたようだった。神楽は遠くをじっと見つめながら、

「わぁ…」

と嬉しそうにつぶやく。連れてきてよかった。本当に。

「そうだ」

終に渡された本。事前に読むように言われたが、勤務が立てこみパラパラとしか読めていない。着いたら絶対に見ろ!とスケッチブック何枚分も念を押された。

「何アルか、これ」

「いや、終兄さんが持ってけって。休みの度に来てるんだとよ。」

おすすめの乗り物が一覧で載っている。何とも便利な終印のガイドブック。

「あ!これ乗りたいアル!」

横から神楽がひょっこり顔を出し、指を指した。

目的地を目指しながら、二人でこんな風に連れ立って歩いたことがあっただろうか、と考える。せいぜい近くの駄菓子屋。奢れと引きずり込まれたファミレス。団子屋。その程度。

周りを見ると、同年代の男女が手を繋いで楽し気に歩いている。

もっと早く気付いてやればよかった。

ふと、片手に違和感がある。手の甲が、コツン、コツンと度々当たる。こんな距離感で人と歩いたことがない。もう少し距離を取った方がいいかと横に離れるが、話している間にまたコツン、コツン、と当たる。

盛大に気が散る。もう間違うのはごめんだ。

 

いくつかの乗り物に乗り、再び本を開く。

「えー、店が空いているうちに買い物がおすすめ。お揃いのTシャツや帽子を着ると楽しいZ…げ」

「ふおー!買いたいアル!どっち!?こっちアルか!?」

神楽が腕を引っ張り、嫌々ながら引きずられて行く。

店にはお菓子。雑貨。衣服。なんでもある。

「銀ちゃんと新八にお土産買わなきゃ!あと姉御とー、そよちゃんとー。ババア達にも!」

きゃっきゃとはしゃいでいるが、一点気になることがあった。

「お前、金持ってんの?」

えっへんと胸を張ると、赤いエナメルの財布を取り出す。

「銀ちゃんから給料もらったアル!」

どれ…と財布を開けてみると、お札が3枚、小銭がいくつか。はぁ、と溜息をつく。

「…買ってやるから入れろィ」

「マジデカ!?きゃっほーい!」

どれにしようかな、と楽し気に選んでいる。

「あ!これかわいいアル!」

神楽が目を止めたのは遊園地のキャラクターを模した帽子やカチューシャ。うーん、と手に取っては戻す。

「どうアルか?」

耳の付いたカチューシャをつけて、振り向く。かわいい。

「買え。入れろ。」

「サドは…これあるナ!」

よいしょと問答無用でつけられ、犬のぬいぐるみが頭に寝そべる。

「なんで俺ァこれなんでェ」

「定春みたいでかわいいダロ!文句あんのかヨ」

不服そうに頬を膨らませた顔に、無言でカゴに入れる。

これ以上余計な物が増えないように会計をしようとすると、神楽がチラチラ後ろを振り返っている。洋服のコーナー。

「欲しいなら買えよ」

「いや…欲しいのっていうか…。あの、一緒に着たらかわいいかナと思って…」

指の先。キャラクターのパーカー。さっきのぬいぐるみだって数万歩譲歩している。その上。

頬を歪めて固まる沖田に気付き、腕を引っ張る。

「う、うそアル!サドとお揃いなんて気色悪いモン。ほら、さっさと会計して行くゾ」

しかし、溜息をつくとハンガーラックに近づく。

「どれ買うんでェ。てめぇが選べよ」

意外な言葉に笑顔を見せて、二人分の衣服をかごに入れた。

終が洋装で行けと言っていたのは、こういうことかと独りごちる。

お揃いのパーカーと、アクセサリー。周りを見ればそんなカップルだらけだが、これが真選組一番隊隊長がする格好だろうか。頭痛がしてきた。しかし。

「どうアルか!かわいいダロ」

と隣の神楽は嬉しそうだ。まぁこれくらいの屈辱は甘んじて受けよう。

 

道の途中、ゲームコーナーが目に留まる。

「なぁ!あれやろうヨ!勝負アル!」

「どうせ負けるってのにいい度胸だな。負けた方は罰ゲームで」

「望むところアル!」

「てめぇの残り少ねェ小遣いで何買おっかなー」

「はぁ!?鬼アルな、お前」

中に入ると明るいテンションのお兄さんにボールが3個入ったかごを渡される。

「こちら3回投げていただいて、的に1個でも当たれば成功でーす」

「こんなの簡単アル!」

神楽が手早く投げると、内1個が的に当たる。

カランカランと成功の鐘がなり、周りの人たちが微笑まし気に拍手をしてくれた。

「キャッホー!どうアルか!」

ニヤリと横を見る。沖田は涼しい顔でボールを投げると、カン、カン、カンと全てが的に当たった。一拍の沈黙の後。

「す、すごいです!全部当てた人初めて見ましたー!おめでとうございます!」

と盛大に鐘がなり、観衆はどよめきながら巨大な拍手の波になる。

悔しそうな顔を横目で見て、沖田は嬉しそうに意地悪く笑った。

景品を受け取りその場から離れると、神楽が白目になる。

「お金。もう無いアル」

「さっきまで学生の小遣い程度は持ってたじゃねェか」

「使っちゃったアル」

と目を逸らす。まったく、と思いながらもむしろ好都合。

「しょうがねェな」

と掌を出す。

「なんダヨ。さっき食べてたお菓子ならもう無いアル」

「ちげーよ。手ェ出せって言ってんでェ」

頭にはてなマークを浮かべながら掌を出す。二人で掌を出し合って、手相を見せ合っているのか何をしているのか分からない状態。意図が全く伝わっていない。溜息をついて、差し出された掌に手を重ねて握る。神楽ははっという顔をした後、怒ったような困ったような表情で顔を赤くする。

「罰ゲームだろ」

「…罰ゲームアルな」

果たしてこれが罰になっているかは置いておいて、二人は歩き出す。

ふと、沖田は前方遠くにいる男だらけのグループに気づく。瞬間、神楽の腕を引っ張り建物の陰に隠れた。

「ちょっ!一体何アルか!?」

(あいつら…!)

山崎と原田、数人の隊士達がゴテゴテとキャラクターアイテムで着飾り、闊歩していた。あの日の飲み会を思い返す。酔っぱらった山崎と原田が、

「わーいいっすねー!俺達もいきたーい!」

「どうせ隊長はチャイナさんと行くんでしょー。だったら俺たちゃ男同士で行きましょうよー」

と言っていた。まさかそれが今日に被るとは。

山崎たちは反対方向に去って行った。

「おい、どうしたアルか?」

「な、なんでもねェよ」

嫌な汗が流れる。こんな浮かれた格好を見られる訳にはいかない。頭のぬいぐるみを外そうとすると、

「なんで取るんだヨ!」

「もういいだろィ!」

神楽は外されないように手で押さえながら、悲しげに目を伏せた。

「…嫌だったかヨ」

舌打ちをして外すのは諦める。これだけ人が多ければ、簡単には見つからないだろう。

 

しかし残念ながらその予想は大きく外れた。

まるで監視されているのではと疑うレベルで、昼食の場所、乗場前、何気ない道、とにかく気づけば奴らはいる。目障りで全く集中できない。

沖田の様子に、神楽はみるみる不機嫌になっていく。

「なぁ、なんかお前おかしいアル」

「なにがでェ、別になんでもねェよ」

会話の最中、また奴らがこちらに向かってきた。

「おい、便所行ってくるからここで待ってろィ!動くなよ!」

返事も聞かずに駆け出していく。

「なんだヨ、あいつ。漏れそうアルか」

せっかくカップルらしく手なんか繋いだのに、あっさり離しやがって。

何も出来ないヘタレチワワに、精一杯近づいてアピールしてやったのに。

「ほんとに芋アル」

ぽつりと呟く神楽の前を、山崎と原田がまもなく通りかかるその時。

くるっと後ろを向くと、ショップのショーウィンドウ。

「ふわ…」

キラキラと光る沢山のガラス細工。一つ一つが輝き合って、虹を集めたようだ。よく見ると、小さく値段が書いてある。お財布にはもう幾らもない。

自分にお土産を買うならこれが良かったな、とじっくり眺める。

一方、沖田は背中を向けている神楽に気取られないよう様子を伺う。山崎たちはとっくに通り過ぎて行った。そっと遠目から覗くと、一生懸命ショーウィンドウを見ている。数秒考えると、沖田はこっそりと店の中に入った。

 

山崎達に見つかることなく、どうにか夕方を迎える。

あの急接近以来、ニアミスをすることも無くなった。

徐々に日が傾き、風景はまた表情を変える。沖田が遠くを眺めていると。

「ちょっとこっち来い」

神楽の手を引っ張り、二人で建物の隙間に入り込む。スペースが狭く、ぴったりと密着する形。硬い胸板と顔がくっついて、体温が伝わり、鼓動が鳴り止まない。

すると、目の前を見知った人物が通り過ぎる。

「あれ…ジミー?」

全員が通り過ぎたのを確認すると、沖田はため息をついて隙間から抜け出す。

ずっと変だったのは、このせいか。奇妙な行動の理由も。

神楽は全てを理解すると、俯いて拳を握る。

「見られたくなくて、隠れてたアルか…?」

シュッ!

振り切った拳は、沖田の掌で止まった。奥歯に力を込めながら、睨みつける。

「もういいアル。…おまえ、なんで付き合ったアルか?なんで誘ったアルか?どうせ全部適当に言ったんだって、分かってたヨ。それでもイイって言ったアル」

バカみたい。一人だけ、こんなにドキドキして。

せっかく楽しかったのに。嬉しかったのに。口が勝手に動いて止まらない。

「見られて恥ずかしいなら、付き合わなきゃいいダロ!バカチワワ!」

制止の声も振り切り、神楽は出口目掛けて走り出した。

人並みに紛れて、姿が一瞬で消える。

沖田も人を避けながら出口に向かって追いかけたが、いない。敷地は広い。あの場所から神楽がここまで来れているかは分からないし、帰る方法も知らないはずだ。

人だらけの道を見回しながら歩き続ける。立ち寄った店。ベンチ。どこにもいない。

嫌な汗が首元に流れ、背筋が冷たい。

日は暮れかけ、ピンクとオレンジ、紺色が空をグラデーションに染め始める。

少しづつ街灯の明かりが点き始め、より一層幻想的な雰囲気。

真っ暗になってからだと、探すのはより困難だ。焦りが募っていく。

ふと顔を上げると、夕暮れに巨大な観覧車が浮かび上がっている。

人の少ない道を選び、駆け出した。

 

階段にぽつんと座り、神楽は手持ち無沙汰に足をブラブラと動かしていた。

帰ろうと出口に向かおうとしたが、道が複雑でたどり着けない。あちこちをぐるぐる回り、ふと見上げたこの観覧車の真下にやって来た。

よくよく考えると、どうやってかぶき町からここまで来たかも分からない。

(大バカアル…)

次々に人並みが流れる。恋人や友達、家族。誰もが楽しそう。こんなに人がいたら、見つけられない。日も暮れてきた。このまま帰れないかもしれない。

(ここで働くしかないのカナ…雇ってももらえるカナ…。天人だけど)

先程まで目に見えるもの全てがキラキラと輝いていたのに、今はただの作り物に見える。

(そっか、さっきまでは)

あいつが隣にいたから楽しかったのか。景色がいつもより綺麗だったのか。

気付くと一層心細くなる。足を抱えようとすると、横から現れた大きな手。

「…捕まえた」

頭上から降る声に、思わず見上げる。

会いたかった、と心が震える。

沖田が荒い呼吸のまま、隣にしゃがみこむ。

心細さが溶け出して、涙が零れそうだ。

「帰り道、分かんなくて…」

「だろうな。ったく、バカチャイナ」

抱きしめられた両腕に、ほっとして力が抜ける。

早い鼓動と、息遣い。ずっと探してくれていたのだと分かる。

「ごめんアル」

謝る言葉に腕が解かれ、沖田は立ちあがって怒ったような顔で神楽を見る。

「…てめぇ、俺の格好よく見ろィ」

「どうって…かわいいアル」

「バカ!よくよく考えろ!おめぇがいつも知ってる、真選組隊長の沖田がこの格好してんだぞ」

そう言われてみると。

改めて視線を何度も上下させてみる。キャラクターのパーカー、かわいいぬいぐるみが頭に乗っている。あのサドヤローに。

ぷっと吹き出すと、無性に面白くなってしまいケタケタと笑い転げる。

「た、確かに変アル!アハハハ、変―!おまえ、なんで頭にぬいぐるみ乗っけてるネ!アハハハハハ!」

笑い過ぎて涙が出る。おなかも痛い。

そんな神楽を冷ややかな目で見ながら、腕組みをする。

「笑ってんじゃねェよ、クソ女。てめぇが選んだんだろが。こんな格好見られたら立場ねぇだろィ。…てめぇのこと隠してたわけじゃねェよ」

そう言うと、鞄の中から袋を取り出す。神楽は目をぱちくりした。

「何コレ」

「やる」

乱暴に押し付けられた袋の中を、恐る恐る覗くと箱が入っている。

開けてみると、透明でキラキラした犬のガラス細工。店のショーウィンドウに飾られていたものだ。驚いて沖田を見上げる。

「どうしたアルか、これ」

「…いらねェかよ」

何も言ってないのに、どうして分かったんだろう。

この無表情ドSが、あのかわいい店でこんなに乙女チックなものを買ってくるなんて。

喜びが湧き出てきて、大切に抱きしめる。

「嬉しいアル。…ありがと」

神楽もまた沖田と同じように、鞄をごそごそと探って袋を取り出す。

「これ」

「何でェ」

沖田が中身を取り出すと、犬のぬいぐるみが付いたキーホルダー。神楽は全く同じものを取り出し、

「お揃いアル」

と笑った。これを買って金が無くなったのか。

手の中のプレゼントを握りこむと、今日伝えるはずだった言葉を口にする。

「…チャイナ、付き合わねェ?」

「何言ってるアルか」

「前のは、一回取り消しで。やり直してェんだけど」

「…お前、わたしのこと好きなのカヨ」

「どこの世界に、好きでもねぇ女と揃いでこんな格好すんでェ」

好きでもねぇ女じゃない、ってことか。この男は本当に分かりづらい。

苦笑しながら立ち上がると、そのまま抱き着いた。

「バカアルな、お前は。…仕方ないから、もうちょっとだけ面倒みてやるアル」

「うっせェ、こっちの台詞でェ」

耳元で悪態を囁き、背中に両腕が回る。バレないようにこっそりと胸元で笑う。

すると突然電気が消え、真っ暗な闇が覆った。

次の瞬間。辺り一面が一気に光り始め、白と紫の光に囲まれて観覧車が暗闇に輝き出す。

「わ…光ったアル!」

目の前一杯に広がる輝きを、二人で見上げる。

こんなに全てが綺麗に見えるのは。

「なぁ、サド。また連れてきてくれる?」

腕の中から見上げると、この上なく優しい笑顔で

「仕方ねェな」

と言った。数秒後、顔が近づいてくる。

「な、なにするアルか!?」

「いや、こっちもやり直そうと思って」

耳元で囁かれる。植垣の一番端の死角。

「おま…、本当に」

「嫌かィ」

「…うっさい」

と隣を睨み、その後で目を瞑る。ほんの一瞬だけ、誰にも見えないように。

 

そろそろ帰る時間。二人で手を繋いで、門の外に出た。辺りは、かわいらしいデザインの街灯が温かな黄色い光を灯らせて、絵本の中のような世界が広がる。

優しく流れるオルゴールの音楽が、少し心を切なくさせる。

「楽しかったナ!でも、ちょっと寂しいアル。夢が覚めちゃうみたいで」

魔法のような時間も、温かい手のぬくもりも、嬉しかった言葉も。

隣を覗き込むと、

「また連れてきてやらァ」

少し笑って沖田が言った。

「あ、忘れてた」

「何アルか?」

「いや、終兄さんが帰りに門から出たら開けろって」

鞄から本を取り出す。最終ページに手紙が糊付けされている。ペリッと剥がして、封を切ると、中から手紙が出てきた。

 

今日一日楽しかったですか?

素敵な時間が過ごせたなら嬉しいです。街灯に照らされながらこの素晴らしい世界を後にする時、いつも寂しさを感じます。手紙に入っているカードは、ルームキーです。地図も同封しています。いつも頑張る総悟くんへ、真選組有志からのプレゼントです。まだもう少し、二人で夢の続きを。 斉藤終

P.S.万事屋さんには連絡しておくZ

 

黙って手紙から顔を上げ、探り合うように目を合わせる。

「どうする? お嬢さん」

ニヤリと笑う顔に腹が立つ。頬を膨らまし、少し俯き加減で怒ったように答えた。

「分かってるくせに聞くなヨ。…エロい事すんなヨ」

「そりゃ分かんねェけど」

「なっ!?」

「あ、コンビニ寄ってかねェと。色々と」

「なんダヨ、色々って!インモラルアル!」

「なんでコンビニ寄るのがインモラルなんでェ。てめぇの頭の方だろ」

「はぁ!?ふざけんじゃねぇぞ、芋チワワ!」

手を繋ぎ、足で蹴り合いながら歩き出す。夢の続きは、まだもう少し。

 

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「あのー、土方君。」

万事屋では銀時が電話をかけていた。疲れ切った真顔で頭を抱えて。

目の前には「えっと」「実は」と書かれた余白だらけの紙が散乱している。

その中心には、神楽の不在を説明しようと頑張る終。

「お宅んとこの隊長さん来てるんだけど、話になんないから今から来てくれる?」

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