top of page

NOVEL

赤い房飾り 

7,635 文字/1p

 

エビ/エビチリ

2016 付き合ってない沖神

オシャレした神楽ちゃんと沖田くんが中華料理屋さんにご飯デートする話。

 いつもの紫の番傘に赤いチャイナ服の女が、いつもとは少し違う髪型をしていた。左右二つのお団子にぼんぼりを付けて、たまにそこから伸びた髪を垂らしているのがいつものスタイルだが、今日は後ろに一つに結んで三つ編みをしていて、少しアイツのバカ兄貴を思い出させる後ろ姿。

 

「チャイナ…?」

 

 声をかけると、傘を回しながら女はくるりと振り返った。

 耳たぶから垂れ下がっている赤い紐状の飾りが、その動きに合わせて揺れる。

 

「オウ、クソサド」

 

 弾んだ声色で返事をする今日のチャイナは、だいぶ機嫌がいいようだ。

 お年頃になったらしい最近のチャイナは、俺の前では仏頂面ばかりで、昔のように少しつついたぐらいでは喧嘩に乗ってこない事が増えた。

 イキイキした表情のコイツを見たのは、久しぶりだった。

 

「見慣れねぇ格好してんな……どうしたんでィ、それ」

 

 チャイナは待ってましたとばかりに目を輝かせると軽く首を振って、尻尾みたいな三つ編みと耳飾りを揺らした。

 

「これ、試験の合格祝いにパピーがプレゼントしてくれたアル!」

 

 余程、嬉しかったのだろう。天敵の俺相手に満面の笑みを浮かべて耳を突き出して見せてくる。一歩近付いて、チャイナの耳で揺れる赤い耳飾りにそっと触れた。白い耳たぶにも指が当たってチャイナはくすぐったそうに肩を竦めたが、拳は飛んでこなかった。

 切り揃えた紐を束ねた房飾りを繊細な金細工で纏めていて、女の装飾品は詳しくなくても良い品なんだろうと思う。

 

「……綺麗だな」

「だろ? マミーも、昔の写真でこういう耳飾りを付けてたから、今日は私も髪型をマミー風にしてみたアル」

 

 動く度にキラキラと光を振りまきながら片手を腰に手を当てて、自慢気に胸を張る。

 

「耳飾りとお揃いのチャイナドレスも貰ったアル。 レースがセクシーなよそ行き用だから、今は見せられないけどナ」

 

 デートとかパーティーでとっておきの時に着るのだと嬉しそうに笑う顔を見ていたら、反射的に言葉が出ていた。

 

「連れてってやろうか」

「ん、どこに?」

「よそ行きのチャイナドレスが似合う所」

 

 眼中にない男から、突然訳のわからない事を言われたという表情が返ってきて後悔したが、口に出してしまった言葉は消えない。

 

「お前それ……私とデートしたいって誘ってるアルか? もしかして」

 

 チャイナは首を傾けて、訝しげに眉を顰めた。耳元の赤い紐がまた、ゆらゆら揺れた。

 

「何を企んでるアルか? お前が急にそんなの、怪しさ満点アル」

 

 それもそうだ。これまでの俺ならこんな風に誘うことはあり得なかった。何でこんな事を言ってしまったかって、単純な話だ。

 

「別に。着てるとこ見てみたいとちっと思っただけでィ。嫌なら…」

「待つアル!……オサレなレストラン、連れてけヨ」

 

 袖をガシッと掴まれて振り向くと、ムスッと仏頂面をしたチャイナが目を反らす。

 

「お前のおごりなら…ぷりちーに着飾った神楽様を特別に見せてやっても、良いアル」

 

 チャイナの頬が少しずつ赤くなって照れているらしいのが分かると、ムズムズして落ち着かなくなる。

 聞かれるままに非番の日を伝えると、トントン拍子で日程が決まった。

 

「じゃあ、5日の17時半で決まりアルな。あ、お前もその臭い隊服じゃなくて、ちゃんとオシャレして来いヨ!」

 

 チャイナはそのまま尻尾のような髪を揺らして走り去っていった。

 

 デートという単語を口にして、そう認識した上でアイツは俺と行く約束を取り付けた。今更、その事に動揺する。

 

「……マジかよ」

 

 

 姉御に化粧の仕方を教えて欲しいと聞きに行ったら、どこからか現れたストーカー忍者も一緒に私に似合うメイク道具を見繕ってくれる事になって、ワイワイ三人でお買い物をした。

 昔、将ちゃんが元気だった頃に皆でキャバクラで接待した時の私の化粧を、あんな顔でデートしたらドン引きされるわよって揶揄われながらも、メイクの練習にも付き合ってくれた。

 

 やり過ぎて濃くなると素材を殺してまうから、少しずつ丁寧に重ねてふわっとぼかす。アドバイス通りにやっても、不器用な私には慣れるまでは難しかった。世の綺麗なお姉さん達は皆少なからずこんなに手間のかかる作業をしているのかと思うと、感心した。

 

『さり気なく、でも普段とは違う特別感』をコンセプトに姉御達も一緒に私に合うメイクを考えてくれた。

 色付きの下地に、目元にはラベンダーパールの入ったくすみピンクを乗せて睫毛を上げる。食事をしても落ちにくいリップを唇の中心にだけ指でポンポンと乗せ、グロスを重ねる。最後にブラシでお粉とローズピンクのチークをふわっと乗せて完成だ。一歩間違うと病的にも見えがちな自分の肌や目の色を活かして透明感と血色を出す作戦。

 

「んー、完璧アル!」

 

 テンションが上がって、鏡の前でガッツポーズをした。外で食べてくると伝えているから、銀ちゃんももう飲みに行ってて居ない。ついつい、独り言が多くなる。

 メイクと服が大人っぽいから、髪型はお団子ツインテールで可愛さを出す。

 

 パピーがお祝いにプレゼントしてくれた白のチャイナドレスは、光沢がある生地の上に刺繍の入ったレース生地が重ねてあって、耳飾りと首元の釦の赤い装飾がお揃いなのが可愛い。デコルテ部分がシースルーなデザインが、大人っぽい。

 

 あのドS野郎の事だから、変な所があれば絶対に意地悪な事を言ってくると、念入りに鏡の前でくるっと回って全身をチェックする。いつもと違う格好はワクワクするけど、似合わないと笑われないかと不安も過る。

 

 肩にショールを羽織ったところで呼び鈴が鳴って、バタバタと玄関へ向かった。

 

「……よう」

 

 オシャレしてこいと言った通り、沖田はいつもの隊服ではなく、明るめの色のストライプのスーツを着ていた。黒シャツも茶色のネクタイも、悔しいぐらい似合っている。

 お前にしては中々良いんじゃないアルか。言おうと思った台詞は言葉にならないまま、じっと見つめてしまって微妙な間が開く。

 

「裏に、車停めてある。取り敢えず出るか」

 

 オウと返事をして、パンプスを履いた。いつものブーツでカジュアルにも着れる服だけど、高めのヒールの靴を新調したのだ。ちょっぴり、背伸びをしたくて。

 階段を降りる時、細いヒールの先が古い木板の隙間に引っ掛かってグラついて、咄嗟に腕を掴まれて支えられた。

 

「そんな慣れねぇもん、履くから」

「うるせー。私の運動神経ならこんなのすぐ慣れるアル」

 

 完璧な準備で大人な神楽様を見せつけてやろうと思ってたのにと、内心舌打ちする。

 

「ほら」

 

 目の前にスッと、手を差し出される。

 チラリと見上げると相変わらずの無表情だけど、少し緊張したように私の反応を伺っている紅色と目が合った。

 

「…ん」

 

 硬い手のひらに軽く自分の手を乗せると意外と大きくて、ギュッと引き寄せるように握られると、その熱で自分の体温も上がった気がした。

 そのまま手を引かれて、助手席のドアを開けてもらった。コイツもちゃんとエスコートとか出来るんだな、とソワソワする。

 乗り込んだ車は外から見ると分からなかったが、中には無線の機器や取り外し可能なランプが積んである。

 

「デートに覆面パトカー使って良いのかヨ、不良お巡り」

「申請すれば私用でも使えるんでィ」

 

 シレッとした顔で運転する横顔を盗み見る。銀ちゃん達も一緒に後ろの席に乗せられたり、車体の上に無理やり乗っかった事はある気がするけど、こうして隣に乗せて貰うのは多分初めてだ。

 バズーカをぶっ放すのが好きな不良警察の癖に、意外にもコイツの運転は慎重で滑らかだった。

 

「郊外の店だから、しばらく走るぜ」

「おう。ドライブデートってやつアルナ!」

 

 時々会話しながら、流れていく街並みを静かに眺めた。悪くない、時間だった。

 

 

 何を食べるかはお前に任せると言われて悩みに悩んだ末、落ち着いた雰囲気の中華料理店を選んだ。とっておきだというチャイナドレスを着てくるアイツに合わせたかったし、二人用の静かな個室があるのも決め手だった。接待慣れしている近藤さんや土方さんにもアドバイスを貰って、決めた。

 

 俺が見たいと言ったから、チャイナはこうやって綺麗にめかし込んで来てくれた。一言ぐらい褒めたり礼を言うべきだろうと分かってはいるが、玄関を開けた瞬間に目に飛び込んできた姿に言葉が出なくて、言うタイミングを逃した。そういう台詞を口にするのは、芋侍にはハードルが高過ぎる。

 

 昔から目に優しくない極彩色の女だと感じていたが、着飾ったチャイナは最早ピカピカと発光しているように眩しく見えて、あまり直視出来ない。

 店の静かな雰囲気のおかげなのか、お互い今日は毒舌の応酬もなく、ただ穏やかな空気が流れている。

 

「いいお店アルな。何か落ち着くアル」

 

 最初は緊張している様子だったチャイナがそう言ったので、こっそり息を吐く。テーブルに料理が並び始めると途端に涎を垂らしながらはしゃぎ始めたので、ホッと安堵した。

 

「このブヨブヨ、味が染み込んでて美味いアルな」

「フカヒレな。サメのヒレなんでィ」

「ふぉー。このペチンダックってヤツも、ごっさ美味いアル」

「北京ダックな。肉より皮を味わうのがメインなんだと」

「確かに、フライドチキンの皮よりもパリッパリしてるネ。これは中々やるヤツアルな」

 

 小さな口の中に、魔法のように料理がどんどん吸い込まれていく。

 気持ちのいい食べっぷりも、噛み合っているのか微妙な下らない会話も、やっぱりコイツと一緒に居ると全然飽きないなと思う。

 屯所の宴会なんかでは見かけていたが、タバスコ入りで嫌がらせをしなければ、こんなに嬉しそうに食う姿が見れるとは。もっと普段から、飯ぐらい誘ってみれば良かった。

 

「服、親父さんからの合格祝いだって言ってたけど。えいりあんはんたーの試験か?」 

「そうヨ。最近はパピーの見習いで短期で宇宙に出てるアル。資格が取れたから、来月から本格的な修行に入る予定アル」

 

 夜兔で星海坊主の愛娘、戦闘に関して恵まれた資質を持っていて年齢も若い。コイツがその道に進んでいくのは多分、ごく自然な流れなんだろう。

 

「はんたーは実戦ありきだから、試験にパスしただけじゃ半人前ネ。私はまだ、ようやくスタートラインに立っただけアル」

 

 真剣な瞳には、これから入っていく世界への静かな覚悟が見える。いつも公園で遊んでいたクソガキも、プロとして闘いの中に身を置くようになるのだ。自分が上京する頃に感じていた気持ちを、懐かしく思い出す。

 

「始まる前からあんまり気負い過ぎても仕方ねぇだろィ」

「まぁ、それもそうアルな。お前からの合格祝いとして、今日は遠慮なく食い尽くしていくアル」

 

 そう言った通りに、多めに頼んでいた食事は綺麗にぺろりと完食された。

 最後に出てきた点心の蓋を開けると桃の形をした饅頭が出てきて、チャイナがわぁっと嬉しそうな声を上げた。

 

「桃饅頭は祝いの時に食う縁起物らしいな。テメーの合格祝いに、丁度いいだろ。おめでとう、チャイナ」

「あ、ありがとアル……嬉しいネ」

 

 ソフトドリンクのグラスをカチンと鳴らして、乾杯をした。

 ホカホカの饅頭に嬉しそうにかぶりついていたチャイナの表情が一瞬だけ、泣きそうに歪んだ。

 

「…昔、屋台で売ってる桃まんが欲しくてよくおねだりしてたアル。たまに兄ちゃんが買ってくれて、はんぶんこして一緒に食べたアル。これ食べたら…思い出したネ」

 

 あのバカ兄貴も、昔はもっと素直に妹を可愛がっていたらしい。

 

「俺はもう腹一杯だから……これも食え」

 

 噛みしめるように少しずつ食べているチャイナの目の前に、自分の分の皿も置いた。アイツはちらっと俺の顔を見て、饅頭を綺麗に二つに割って片方を差し出した。

 

「はんぶんこネ。お前も、一緒に食べるアル」

 

 手渡された半分を頬張ると、饅頭はまだ温かくて、甘かった。

 美味いだろ? と満面の笑顔でのぞき込まれても直視出来なくて、視線を反らして頷いた。

 

 

 リップだけ塗り直してお手洗いから戻ると、もう会計が済ませてあった。また当たり前のように手を差し出されて、エスコートされる。今日の沖田は最初から最後まで、私をレディとして丁重に扱ってくれるらしい。

 そうされる事を望んでいたし、頬が熱くなるほど嬉しいのに、少しずつ胸にモヤモヤした気持ちが広がる。

 

 父から、何度もはんたーの世界の厳しさを説かれた。修行が始まれば中々地球に帰れなくなるが本当に後悔しないのかと問われて、私は迷いなく頷いて、試験を受けた。

 

 過酷な戦いの日々が始まる前に、たくさん女の子らしい事をしたいと思っていたタイミングで、沖田が誘ってきた。

 父から贈られたプレゼントも、今の内にこういう事も楽しめと言われている気がした。着飾った私を見てみたいと素直に言われたら、悪い気はしなかった、それだけ。

 見知ったドS野郎が相手なら気負う必要もないし、女の子らしい体験をしてみる相手には、丁度いいはずだった。でもコイツに優しくもてなされたら、照れてしまって、ずっと動揺しっぱなしだ。

 

 万事屋まで送るためにと運転してくれている横顔をチラリと見て、ついつい想像してしまう。

 

 もしもコイツと付き合ったら、こんな風に車でおでかけしたり、誕生日や特別な日には今日のようなお店で祝って貰うのだろうかと。でも私達がずっと穏やかな雰囲気のままなんてあり得ないし、昔みたいにぶつかって喧嘩もたくさんするんだろう。でもそれも、楽しいだろうなって。

 

 この気持ちはきっと、芽生えはじめたばかりでまだ恋じゃない、と思う。

 された事のない女の子扱いにドキドキして、少し浮かれてしまっただけ。

 

 私はちゃんと来月から、修行に専念出来るのだろうか。区切りをつけるためだったのに、ズブズブと嵌ってしまった感覚がある。

 

 行きと同じようにほとんど揺れない車内で、沈黙が落ちる。でもそれも気まずさはなく、ただ静かで心が落ち着く。コイツの隣がこんなに心地良いなんて、困る。

 

 

「チャイナ」

 

 声をかけても返事はなく、スースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえた。腹が満たされたら眠気に襲われたようで、いつの間にかチャイナは眠ってしまった。

 

 万事屋前に到着して、脇に寄せて停車する。着いたぞと声を掛けても、助手席のチャイナはまだ起きない。

 

 男と二人の空間で無防備過ぎだろうと思うが、結局コイツには、俺は警戒すべき雄だとは認識されてないらしい。複雑な心境だが、警戒MAXの天敵のままなら、そもそも二人きりでデートするなんてあり得なかった。

 

 チャイナは、子供みたいにあどけない顔でスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。

 イタズラしてくれと言わんばかりに隙を見せられたら、お約束で額に肉と落書きしてやるべきだろうか。それとも…チューでもしてやろうか。

 

 見透かすような大きな瞳で射抜かれると思わず反らしたくなるのに、寝ているチャイナならじっと見つめていられる事に気付いて、身を乗り出して観察してみる。

 

 よく見ると襟元付近は繊細な刺繍が施された薄いレース素材になっていて、うっすらと胸元の肌が透けて見える。

 閉じられた瞼が色付いてキラキラしていて、唇もツヤツヤ潤んでいる。それらが全て今日俺と会うために施されてきたものだと思うと、堪らない気持ちになった。

 

 柔らかそうな頬に指が触れる瞬間、チャイナが反応して、パチッと瞼が開いた。

 

「あ、あれ? 私……寝ちゃってたアルか…」

 

 ボンヤリした顔で視線を巡らせて、チャイナは戸惑ったように俺の顔を見た後、目を伏せた。指が触れる寸前だったチャイナの頬に、赤味が差す。そこには触れずに、耳たぶで揺れる赤い房飾りを手に取った。

 

「これも、服も、全部……綺麗だし、すげー似合ってる」

「あ、ありがとアル。お前もそういうの…結構、似合うと思うアル…」

 

 やっと素直に言えたら、チャイナの耳が赤くなって、ゴニョゴニョと小さな声で俺の服装も褒められる。

 

「姉御とさっちゃんにお化粧も教えて貰って、頑張ったネ……どうアルか?」

 

 至近距離で潤んだ瞳が見上げてくるのは、心臓に直接攻撃されるような破壊力がある。

 

「……可愛い」

 

 思わず手のひらで包み込むように頬に触れてしまったら、ますますチャイナの顔が赤くなっていった。

 親指で顎をそっと押すと、濡れたような唇が少し開いた。

 

「私……来月から修行に出たら、しばらく地球には帰れなくなるアル」

 

 艶めく唇が動くのに見惚れていて、紡がれる言葉の意味を理解するのが遅れた。チャイナはこれからえいりあんはんたーの修行に入ると、さっきの店の中でも話していた。

 それはつまり、どういうことだ。

 

 黙ったまま反応出来ない俺に焦れたように、プイッとチャイナは横を向いた。

 

「でも、来月までは毎日、すごーく……暇アル」

 

 唇を尖らせたままチラリと横目で見られて、思わず噴き出しそうになる。何コイツ、クソみたいに可愛いんだけど。

 

「また、誘ってもいいか? デートに」

「オウ。お前ともっと、いろんなとこにおでかけしたいアル」

 

 ぱっと明るい笑顔になって、頬に当てた手にそっと手を重ねられる。

 

 した事ないから分からないけど、告白って何回目のデートでするもんなんだ。3回目? でもコイツは来月から宇宙に行って、暫く会えなくなるらしい。それならもういっその事プロポーズしてぇ。

 否、デートに誘っても良いと言われただけなのに、浮かれ過ぎだろ俺。

 脳内が暴走しかけたので、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

 

「次の非番は少し先だから…仕事終わってからでもよければ、また飯食いに行かないか」

 

 お前が嫌じゃないなら明日にでも、と恐る恐る誘ってみる。

 

「いいヨ。次はラーメンが食べたいアル」

 

 重ねた手をギュッと握られてから、離された。車を降りかけたチャイナが振り返る。

 

「玄関まで送らなくても、平気アル。仕事で遅くなってもいいから……絶対明日も、迎えに来いヨ!」

  

 バタンとドアを閉めてチャイナが万事屋に入っていくのを見届けてから、ハンドルに突っ伏して大きく息を吐いた。多分、ポーカーフェイスは完全に崩れてしまってる。

 部屋に帰ったらゆっくり、この1ヶ月の作戦を立てよう。そうしよう。

 決心して顔を上げて、エンジンを掛けた。

bottom of page