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NOVEL

空に似た星 

7,170 文字/1p

 

RUA/春の消印

現行沖神のような雰囲気で書いてみました。

二人のある一夜のおでかけ、お楽しみいただければ嬉しいです。

皆様。こちら、いろは旅船、似空星行き551便の最終搭乗案内でございます。搭乗券をお持ちのお客様はただちに13番ゲートにお越しください。

 

 隣の券売機を操作する奴が、不意にこちらを見た。

 沖田はぎょっとして思わずその顔を見詰めた。

 おいおい、何をどうすりゃ、こんなところで鉢合わせることになるんだ。

 

 江戸の町でよろずやと言ったらまずあそこしかあるまい。真選組ですら手のつけようがない三人衆と一匹。中でも一番どうしようもないのがこいつだ。理由はこいつがまだ乳臭いガキだから。

 

 夜兎族の神楽とかいう女。いつもチャイナ服に紫色の番傘を引っ提げている。

 巷で沖田と共に犬猿の仲と呼ばれている彼女は沖田に一瞥をくれると何事も無かったかのようにまた券売機に向き直った。

 

 オイ、そこの税金泥棒。

 知っているものより一段低い声が、沖田の鼓膜を穿つかのような鋭さで静かなターミナルに響いた。

 

「お役人はこんな時間からバカンスアルか」

いいご身分だことよ。

 

 彼女は嫌味を言って肩を竦める。沖田はそりゃこっちの台詞なんだがねィ、と心の中で突っ込んだ。

 人のことは言えないが、こんな時間から他所へ旅立つ人間もそういない。ましてやほぼ手ぶらの状態で。

 一体どんな用事でこいつがここにいるのか。沖田はふと気になって隣の券売機を盗み見た。不慣れな様子で機械を操作しているあたり、常習的な渡航ではないらしい。

 

(似空星行き、22時50分発、ね)

 

「で、どこアルか」

「は?」

「どこ行くアルかって聞いてやってんだヨ」

「何。興味あんの」

「オマエがどこに行こうがどうでもいいアル」

「どっちだよ」

 

 券売機に並ぶ人は二人の他にはいなかった。無駄に広く感じる切符売り場。この女との会話となるとまだ間のとり方に自信はない。

 

 ピー。

 切符をお取りください。切符をお取りください。

 

 沖田は神楽より一足先に発券を終えた。

 

「似空星」

「……何が」

「俺の行き先」

 

 じゃ、と片手を上げ、沖田はゲートへと向かった。

 ターミナル内は閑散としている。飲食店や売店は既に電気が消えている。機会の音、キャリーケースが引かれる音がたまに聞こえるくらいだ。最終搭乗の案内を繰り返すアナウンスが、一際大きく聞こえた。



 

《1ページ目終了》



 

 ウィィィィン。

 機体はゆっくりと上昇していく。中からではゆっくりに思えるけれども、実際はかなりのスピードでもって進んでいるのだろう。どういうエネルギーの変換やらがあって宇宙へ飛ばされるのか、そのあたりの原理にはとんと疎いが、その向こうに地球と同じように違う文化があるのだから不思議だ。

 

 似空星行き、22時50分発。今日の最終便。

 満席とまでは行かないまでも機内はそこそこ埋まっている。目的地まで一時間ほど。なんて便利な世の中。

 

「何でオマエと隣で一時間も過ごさなくちゃならないアルか」

 

 今日に限ってははいつものように静かなで気ままな旅とは行かないらしい。もっともそう仕掛けたのは他でもない沖田だが。隣に座る神楽は不機嫌そうに沖田から顔を背け、いじけたように窓枠に頬杖をついている。

 

「お前が俺に着いてきたんじゃねえの」

「はあ!? 私は最初からこの船に乗るつもりだったアル! だって、」

「だって何だ」

 

 ついいつもの調子でからかってやれば、簡単につっかかってくる。ずいと隣の席へ詰め寄ると、神楽は言いかけた口を噤み、身を引いて座席に沈み込んだ。

 ガキがこんな夜中に? しかも一人で。

 余程の理由がない限りこんなことにはならない。

 ……いや、表立ってはもう大人ということになるのだろうか。最近は父親に連れ立って宇宙へ出掛けることもあると人伝いに聞いた気がする。

 

「おい」

 

 それきり何度か呼びかけても返事がない。顔を向けてさえくれない。仕方が無いので神楽が飲んでいたフルーツジュースを取り上げると、やんのかコラと胸ぐらを掴んで凄まれた。

 

「このジュース、船内販売のだろ。腹壊すぞ」

「えっ」

 

 まあ嘘だけどね。

 地球人が飲めばその通りかもしれないが、こいつは自分がそんなに繊細な胃のつくりをしているとでも思っているのか。口からの出任せを鵜呑みにしたらしい神楽は、知らずジュースに平気で口をつけていたことに気まずさを感じたのか、黙って沖田が飲んでいたドリンクのボトルをぶんどった。沖田が飲んでいたのなら安心だと思ったのだろう。

ついでに言うと、飲んでた振りしてただけで実際口もつけてねェけど。

 

(こういうのはあまり不本意じゃないがね)

 

 どちらかというと己の手や言葉で精神を乗っ取る方が性に合っている。沖田は隣でくてんと頭を垂れる神楽を見下ろした。横取りされたボトルは回収し、キャップを閉めて懐へ仕舞う。

 

 首筋に手を当てる。

 ドク、ドク、ドク。

 穏やかに脈を打つ血液を感じ取る。

 傍目に見て不自然に思われないよう、沖田は神楽を自身の方へ寄りかからせるように肩を引き寄せた。

 

「はじめに……

 

俺はお前の味方だ。

どこへでも、望むところへ連れて行ってやる。

 

お前は、どこへ行きたい?

 

……何がしたい?」

 

 沖田の声が、神楽の意識の底へ響いていく。

 素直な女だ。騙されやすい性格をしていると思ってはいたが、唯一歯を剥き出しにする沖田でさえこんなにも簡単に心を明け渡してしまうのだ。

 

 まだガキだから?

 

 いや。

 そうではなくても、この女はきっとそうなのだ。

 

 神楽の唇から、呼びかけた沖田の声に応えるように、ぽつり、ぽつりと断片的に言葉が零れていく。

沖田はそれをひとつひとつ拾っていく。

 

 丁寧に、逃さないように。

 

「忙しくて、買いに行けなかった、

明日の紫子ちゃんの誕生日……

似空星の、啄木鳥のペンダント。

上げるって、ずっと前から決めてたのに。

今から行くって言ったら、銀ちゃんに止められちゃう。

朝までに帰らないと……」

 

 どこかの星の屋台で、ちょうど最後の一つだったペンダントが目の前で売り切れた。店主に尋ねると、似空星から仕入れたものだという。その屋台は同じものを扱うことはほぼないらしく、地球にも近いその星が一番確実だと。

 

(なーるほどねィ)

 

 そっと神楽をシートへ寝かせ、沖田は何ともなしに通路側の席から窓の外を眺めた。

 ウィィィィン。

 宇宙船は変わらない速さで進んでいる。



 

《2ページ目終了》



 

 似空星。

 地球よりも遥かに小さな星。

 地表の大半が水で覆われ、その水陸分布は地球を凌駕ん透き通る海洋の美しさから、観光業が発達しリゾート地として人気の星だ。

 

「どこまでついて来るアルかストーカー野郎」

「てめーの行先なんか知るかってんだ」

 

 明らかに、着いてきているのは神楽の方だ。

 沖田は首を傾げ、まあいいかと歩を進めた。船を下り、ターミナルから真っ直ぐ大通りを歩けば程なくして下町に出る。

時刻は午前、丁度マルシェが開催されており、通りは行き交う人で賑わっている。

 マゼンタ、モスグリーン、シアンブルー。

 派手な色のテントがひしめき合い、あちこちで客寄せが行われている。

 似空星といえばコレだよな。小腹も空いたしここでひと休憩するかと適当なところで物色していると、鼻息を荒くして沖田の前へ飛び出たメス豚……訂正、女が一人。

 うわあ、明らかに吸い寄せられてってら。

 目の色を変えて食い物に飛びつく神楽の様子には沖田は若干辟易し、知り合いだと思われないようそっと別の店へ移動した。

 

 行列が出来ている店にとりあえず並ぶ。まずはココナッツミルクをゲット。

 これでもかというほど甘ったるいが、そこそこイケる。

 

(やっぱ人気のとこはそれなりの理由があるワケね)

 

 地球とは違い時間が緩やかに流れているように感じる。ココナッツミルクを片手にバナナを齧りながら、沖田は天人が往来する通りを眺めて思った。気候も、時間も、言語も違う。たまには知り合いのいない場所に身を置くのが落ち着くのだ。

 

 マルシェを出てすぐの植え込みのそばに、見覚えのアル紫色の傘が見えた。さっき置いていったはずの神楽がちょこんと座っている。行き交う人々を舐めるように見るので、子連れの母親なんかはサッと彼女から離れていく。はたから見れば完全に怪しい奴だ。やっぱこいつは地球じゃなくても相当胡散臭く思われるのかと納得しながら沖田はなるべく自然を装って素通りしようとした。

 

 あ。

 

(やべ)

 

 目が合っちまった。

 

「お〜いそこのお巡りさ〜ん」

 

 無視を決め込んで早足で立ち去ろうとすると、どうやら沖田を待ち伏せしていたらしい神楽はすっくと立って追いかけてきた。

 

「そこのイケメンお巡りさ〜ん」

 

 やべ。逃げよ。

 

「お巡りさ〜ん」

 

 早足はそのうち駆け足になり、全力ダッシュになっていた。周りの視線が痛い。ここが江戸じゃなくて本当に良かった。下手をすれば本物のお巡りが飛んできかねないレベルの鬼ごっこに発展してしまったので、沖田は仕方なく足を止めて踵を返し、急ブレーキで止まった神楽を怒鳴りつけた。

 

「うるせェな。俺ァこの地この場所じゃお巡りじゃねーの。ただの一般人。観光客なの。分ったらお引き取りやがれ」

「お巡りなら道案内くらいして当然アル」

「あのな」

「この宿り木通りってとこ、案内するヨロシ」

 

 ターミナルでもらったマップを沖田の前に掲げ、神楽は腰に手を当てフンと言い放った。とても頼みごとをする人間に対する態度に思えないのだが。

 

「やーだね。じゃ、俺ァこれで」

「待つアル。もうお巡りじゃなくてもいいネ」

 

 いや、そういうことじゃねーんだけど。

 着物の袖を引かれ、引き止められるので沖田は同じように拒否したが、神楽には中々引き下がる素振りがない。

 

「案内するアル」

「やだね。めんどくせー」

「大声だしてやろーか」

「脅すつもりかィ。そんなことしても俺ァ別にお前がそこにたどり着けなくなるだけだからどうでもいいがね」

「ぐっ……」

 

 唇を噛んで押し黙ってしまった神楽に対しては一ミリだけ気の毒な気持ちが芽生えたので、沖田は最後のチャンスをくれてやることにした。

 

「……何か言うことあるんじゃねェの」

 

 神楽にとっては目的とプライドの狭間で揺れるような案件でも、沖田にはちょっとしたからかい程度のことだ。その時点で沖田は愉快だったので、神楽のこの苦虫を噛み潰したような顔が見られただけで満足だったのだが、神楽はその顔を更に歪めて言葉を絞り出そうと踏ん張った。

 身体の横で握りしめた拳をさらに握りしめて。

 

「み、道案内を……

 

お、お、お、おおおおオネガ、、だああああっ!!」

 もう無理アル~~~!!

 

 あっ、おい。

 途中で耐えきれなくなったのだ。神楽は沖田の傍から、脱兎のごとく逃げ出してしまった。



 

「やっぱ迷子じゃねーか」

 

 うんうんと唸りながら神楽が睨めっこしているマップを沖田は背後からひょいと取り上げた。マルシェをもう一周し、今度は海岸にでも行こうかとまた大通りへ出ると今日もうすっかり見慣れてしまった丹色の小さな頭を見つけたのだ。

神楽は迷惑そうに沖田を睨みつけるが奪い返そうとはしない。本当に迷子なんだろう。

 

「何コレ。蛹商店? 変な名前だな」

 

 マップの中央付近にオレンジ色のペンで何重にも丸印がつけてある。ここからそう遠くもない、十分ほど歩けばたどり着く場所だ。海岸への途次に寄るかとマップを取り上げたまま沖田は歩き出した。



 

 嬉しそうにしながら紙包みを抱えて店から出て来た神楽は、沖田の知るものは随分違う顔をしている。

 万事屋の人間からしてみれば普段は憎まれ口を叩きあっていても、こういう一面を見せられると可愛らしいと思えるのだろう。

 

「目当てのもんは買えたのか」

「うん」

 

 神楽は元気よく頷いた。

 それから、相手が沖田だと気がついて慌てて気まずそうに目を背けた。

 

 羨ましいことだ。

 友達の誕生日にここまでする人がいる。きっと本人はこんなに時間をかけられていることなどつゆと知らないのだろう。

 上げるって、決めてたから。

 それだけなのだ。

 神楽にそういうふうに愛される人が羨ましい、と沖田は思う。

 

「海、見に行くか」

 

 蛹商店から続く道の先には海が見える。今度は沖田の方から声を掛けた。

 ご褒美を貰うことでもない。

 神楽の贈り物へのこだわりと、友人への愛情で出来た夜。

 けれど今夜、それを見つけたのは沖田だけだった。

 誰も知りえない夜だ。それにただ一人気がついて、神楽を甘やかすことが出来るのは沖田だけだった。

 

 海と聞いて、沖田に期待が込められた瞳が向けられる。

 これを、愛さずにはいられるだろうか。

 まだお昼を過ぎた頃、日はまだ高い。沖田はそっと紫色の傘の隣に並んだ。

 

 港のそばに、テラステーブルが並ぶ木陰の広場がある。キッチンカーが広場を囲むように止まり、肉が焼ける香ばしい匂いが胸を満たしていく。マルシェでは何も口にしていなかったらしい神楽が喉が鳴るというから、二度目の昼食……いや、夜食をとることにした。沖田はココナッツミルクをもう一度頼み、焼きたてのバゲットとサラダを買いに行ってテーブルへ戻った。

 

「……なんだこれは」

 

 テーブルにはローストポークの皿が二つ。席で待っていたはずの神楽は渋い表情で顎をしゃくった。

 

「借りは返したアル」

 

 道案内のお礼ということなのだろう。神楽との間でこういうことをするのもされるのもむず痒いので突き返したいところだが、拒めばこの女は何が何でも口に突っ込んできそうだと見て、沖田は有難く受け取ることにした。

 

「べつにてめーを憐れんで行ったわけじゃねーから」

「じゃ、なんで……」

「面白そうだったからに決まってんだろ」

ま、てめーが狼狽えてんのは見物だったわ。

 

 笑っちまうぜと冷やかしを言ってやれば間髪入れずにフォークが飛んできた。借りが返されたと思ったらコレだ。ポークビーフは美味しかったので良しとするが。

 

 どうやら一部始終を見ていたらしい年配の老夫婦が、にこにこと二人が座っていたテーブルの向かいから笑いかけてきた。

 

”ご旅行ですか?”

 

 神楽が返事に窮して助けを求めるので、代わりに沖田が答えた。

 

”まあそんなとこでさァ”

 

 言葉通じるのか、と神楽は驚いたように沖田を見上げた。つっても日常会話程度しか喋れねェよと説明した。

 

「さっき何て言われたアルか?」

「旅行かって聞かれた」

「地元の人だったアルか」

「みてェだな。俺も大して受け答えできねえけど、そんなとこでィって言っときゃ大抵なんとかなるもんでィ」

「ふふ……”まあ、そんなとこアル”」

「おーい、真似すんな」

 

 緑色のパラソルの下、さらには日が高く登る空の下。まるで長い長い間、ずっと二人で一緒にいるみたいに錯覚する。実際は、神楽と地球のターミナルで出会ってからまだ四時間ほどしか経っていない。

 

 地球では皆が寝静まっている時間。何だか別の世界へ来ているみたいだった。

 

(もし旦那が気づいたら……)

 

 今頃どうなってんだろな。

 誰にも気付かれないまま、まだ宇宙の向こうには静かな夜があるのだろうか。 

 

 最後にガレットが食べたい、と言うので店員を呼ぶと、いかにも客商売という感じの威勢のいい兄ちゃんが飛んできた。

 

”Hey,ご注文は?”

”キャラメルガレット1つでお願いしますヨ”

 

 今度は神楽がメニューを指さして注文を伝えると、返事の代わりにご旅行ですか? と尋ねられた。

 

”ま、そんなとこアル!”

”お二人はカップル?”

”ふんふん、そんなとこアルヨ”

 

 ブフォ!?

 沖田は思わずココナッツミルクを吹き出した。おいおい、分んねえからって、適当なこと言ってんじゃねー。沖田が吐き出した白い液体は神楽の顔面にスパーキングし、きっったねえええ! と神楽は喚いた。

 

「ちょっ……っと、ア"ア"? 何するアルか!?」

 

”兄ちゃん。俺らはそんなんじゃねェから”

 

 もう一生会うことはないだろうけれど、店員には丁寧に訂正をしてから神楽に一発お見舞いを食らわし沖田の持っていたバゲットを顔に埋め込んでやった。

 

「俺のバゲットで顔でも拭いてろ」

 

 お、これはココナッツミルクパンの味アル! と何故か急にテンションが上がった神楽にはもう言葉も出ない。

 

(こいつは誰にでもこうなのか……)

 

 温かな愛情で包まれてくすぐったいような気持ちになる時。そうかと思えばこんなふうに調子を外されて振り回される時。

 

 彼女が眩しく見えるのは、きっと誰にでもこんなふうで、いくら近づいたと感じてもいつまでも捕まらないように思えるからだろうか。

 

 それでも、と沖田は思う。

 それでも、今は……



 

《3ページ目終了》



 

「海、もっと見ていたかったな」

 

 似空星のターミナル。

 ガラス張りの待合室からは紺碧の海に銀色の光がキラキラと光って見える。空に似た星とはよく言ったものだ。

地球行の始発の搭乗時間まであと少し。

 

「また来ればいいだろィ」

「一人じゃ寂しいもん」

「そんなの万事屋で……ってそうはいかねえか」

「そっちも慰安旅行なんて期待出来ないアルな」

 

 神楽が沖田を見上げた。沖田もそれに応えて視線を合わせる。

 

「オマエはしょっちゅうウロウロしてるかもしれないけど、こんなとこに気軽に出て来れる奴なんてそういないアル」

「誰もいなかったら……また今日みたいに、俺に着いてくる気かィ」

「断じてありえないアル。せっかくの綺麗な海が穢れて見えるネ」

「同感でィ」

 

 神楽が遠くを見る目で眺める海は、烏滸がましいかもしれないけれど、今は二人だけの海だと思って許されるだろうか。

 

「今、見てるだろ」

 俺と。

 

 沖田がぽつりと零した一言に、神楽はまたはっとこちらを見上げ、小さく頷いた。そうアルな、と小さく聞こえた返事は、確かに沖田の耳に届いた。

 

「眠い……」

「おい、もう行く時間でィ」

 

 寝るな寝るな。朝までに万事屋に戻るんだろう、と言い聞かせながら、沖田は仕方が無いので小さな身体をゲートまで引きずっていった。

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