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NOVEL

白日スノードーム 

5,643 文字/1p

 

しおりーぬ

おでかけアンソロと聞いた時、今の状況を反映した沖神の物語が浮かびました。

会えない距離が寂しいお話でもありますが、少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。

ちゃわさん、色々ありがとうございました!おかげで完成出来ました。


注意事項:1814沖神、SF捏造設定。

世界は霧に包まれた。

チョット待ってよと大黒◯季が歌うより先にグッバイと様々な通信機器が音を立てて壊れ、ターミナルの無線は交信不能になり人々はあっという間に電話すら使えない状態で家に閉じ込められた。

切れぎれに流れるニュースから分かるのは江戸を覆う霧の正体は新種の茸の胞子で、今や地球全土を覆う勢いであること。それが微弱な有機パルスを発するため通信機器や一部電気機器に障害が出ていること。毒性は無いが長時間吸い続けると幻覚が見え始め、果敢にも外へ飛び出した人々は何処ぞでのたれ死んだかそれとも夢見心地で彷徨っているのか、それきり戻った者はいないらしい。

 

窓から見える景色はほぼ白一色。それがもう長い事続いている。見つめているうちに瞳の色さえ漂白されてしまいそうで、神楽は自分でも気付かないうちに何度も手の甲で厚ぼったい目蓋を擦った。

 

「神楽ぁ」

 

振り返る。お気に入りのウサギポシェットをぶら下げた銀時が

 

「そろそろ時間ー」

 

そうだ、今日は外出の日だったと軽く頷いて立ち上がった。


 


 

時刻になったので部屋を出る。

廊下で壁に向かって何事か呟き続ける輩に会ったので、行ってくらァと声を掛けたが応えは無い。軽く肩を叩いて通り過ぎる。何度か現場を共にした中堅の隊士だがこの調子ではいずれ田舎に帰されるだろう…帰った所で霧の中なのに変わりはないけれど。

 

胞子が街を覆って一年、人々は外出を厳しく制限された。外出可能日は政府より文書で通知され、一度の上限時間は31分。これはまんま幻覚作用が起きるまでの時間を指す。更には他世帯の誰かと2人一組である事が求められた。名目上は『家族以外と話して心の健康を保とう!』となっているが、互いに監視する意味も有るのだろう。この制度がうまく回る前には外出中の家族単位の失踪や無理心中が結構な数あったのだ。


 

『近藤さんとじゃ駄目なんですかィ』

 

書類の一番下、新たに付け加えられたゴマ粒みたいな注意書きに目を留め不満を漏らす。土方は呆れたように

 

『近藤さん近藤さんてお前はゴリ夢中か』

『五里霧中にかけたんで?ちっとも上手くねぇですよ土方このヤロー、たたっ斬ってやるから真剣持って今すぐ鍛錬場来いオラァァ』

『怖い怖い目が怖い、どんだけ欲求不満なんだお前は。…とっつぁんからお達しが来て今回から真選組は纏めて一世帯って括りになったんだよ。でなきゃどっかの仕事熱心がせっかくの外出機会をただの勤務にしちまうからな』

『……』

 

書類に判を押しながら

 

『お前、行方不明者のリスト作って外出の間中探し歩いてるだろ。近藤さんとお前がそんなだと下が休めねぇんだよ。たまには気抜いて本当の散歩して来い。これは業務命令だ』

 

仮にも鬼の副長と呼ばれる男、マヨネーズの銘柄しか見てないようで色々見ている。しかし姉公認の友達いない歴18年にいきなり職場以外で連れを探せと言われても。暫し黙考の後

 

…駄目で元々ってか。

 

筆を取る。

『希望同伴者』の欄に万事屋のチャイナとしたため、黒々した墨も乾かぬうち土方の(禿げればいい)額にペタリと提出してやった。


 


 

先に来ていた少女は雪の日の椿色。

見つけて開口一番

 

「うわチャイナ普通に来てらァ」

「はああ?自分で希望出しといて何アルかその態度は」

 

キッとメンチを切った後、だってお前に漫画借りっぱだったからと小鳥の声で言った。

 

「何だっけ?ホラ『鯨ベーコンは赤い皮が誇り』」

「んな漫画あるか。『天は赤い河のほ◯り』だろィ」

 

思い出した。床屋の待合いで読んだらハマって、でも少女漫画だから屯所の野郎どもに勧められず思い余って神楽に貸したのだった。で漫画は?と手を出すとオウと自分の右手をにぎにぎした後

 

「…忘れたアル」

 

吃驚したような顔で言うのでこっちが吃驚した。やっぱお前アホな、久々に会ってもアホと言ってさっさと歩き出す。

 

「で、お前どっか行きてえ所あんの」

「特に無いアル」

「じゃあ茸でも見に行かねえ?でっかいヤツ見つけたんでィ」

「きのこぉ?」

 

神楽は不思議そうに

 

「それってこの胞子をバンバン降らせてる奴アルか。お前何か掴んだのかヨ」

「さてな」

 

そこでハッと沖田の股間に目をやり

 

「ま、まさかエロい比喩…ギャアア!インモラルアル‼︎」

「ほんと坂田さんちの性教育はどうなってんの?マジで今度抜き打ち調査すんぞ」

 

目当ての方角へ足を向け、ふと思いついてお前傘差せば?と振り返る。

 

「要らんアル。今はお日様の光が殆ど届かないんだってTVで言ってた」 

「そうじゃねぇよ。せめて傘差しといたら胞子を丸被りしなくて済むだろって、そーゆー話。毒じゃねえっつっても新種だ。後々身体にどう障るか誰にも分かんねえだろが」

 

神楽は大きな目をパチクリさせた後

 

「…小さなお世話アル」

 

と答え、少しだけ気を許した森の動物みたいに小走りでやって来て隣に並んだ。でもやっぱり傘は差さないのがこの女の強情な所だ。

 

白い街には遠近法が通じない。

遥か遠く見えた電柱がいつの間にか鼻先に迫っていたり、その割に歩けども歩けども景色が変わらなかったりと色・音・形、全てにおいて現実味が無い。唯一夢と違うのは時々鼻孔をくすぐる焼き魚やカレーの匂いで、それだけがこの江戸で人々が暮らしている事を示すよすがとなっていた。

それでも神楽は楽しそうに周りを見回し

 

「外、久しぶり。空気が甘い」

 

と積もった胞子の上で弾んで見せた。

片付ける暇なら幾らでもあったろうに魚屋の店先には干物が放置してある。ザルに乗った金目鯛やイカに目を凝らす少女に

 

「食うなよ」

 

と一応釘をさして置く。神楽は渋々といった顔で戻って来て

 

「だってなんか食べられそうアル。衣厚めのフライみたいで」

 

生乾きの上に胞子がごわごわ貼り付いて確かにパッと見、駄菓子屋のイカフライみたいだ。アイス屋のでかいサンプルは三段アイスの天ぷら、パン屋の看板は黄粉揚げパン、と交互に指差しながらぶらぶら歩く。気にしないつもりで気になる肩や頭の胞子を払いつつ。

 

「テメェんとこ、ちゃんと飯食えてんの?」

「それが最近食料が配給制になっただロ。だから前よか腹いっぱい食べてるアル」

 

外出が制限されるのに伴い、各戸に乾パンや缶詰、水が定期的に配達されるようになったのだ。量はそう多くないが、月末になれば飼い犬とドッグフード1粒を奪い合う万事屋にとっては『働かざる者も食べていいんですか‼︎』という感じで、今や銀時はジャージのズボンに下腹が乗るほど充実した食生活を送っているらしい。

 

「犬のいる家にはビタワンワンも支給されるから定春もすっかり野性味が無くなって。毎日寝てばかりで布団と見分けつかないくらいヨ」

「はあ」

「新八も来ないから万事屋はもうヤッホー地帯アル。5月なのにコタツ出てるし、銀ちゃんは朝から晩までTVで路線バスの旅総集編を観て食っちゃ寝・食っちゃ寝・時々ちょっちゅね〜で南国極楽お気楽生活ヨ!ちゃんと元の暮らしに戻れるか今から心配でならないアル」

 

多分、無法地帯って言いたいんだと思う。

最もらしいしかめっ面で歩く少女を見下ろし

 

「そういやテメェも何か…」

「オイ太ったとか子豚とか言ったらぶち殺すゾ」

「殺す殺さねえはともかく此処らでちょっと運動しねぇ?どうせ人も車も通らねーし」

 

籠もりきりで訛った首筋を鳴らせば、銀時に渡された時計代わりだろう、神楽は首から提げたキッチンタイマーの時間がまだ20分あるのを確かめて

 

「…気絶したら置いてくアル」

 

にや、と静かに右脚を後ろに退いた。

それだけで2人の間に胡椒めいた刺激が走り全身の血がワクワクと足踏みを始める。

 

「獲物アリ?ナシ?」

「どっちでも。どうせすぐ終わるアル」

「テメェのブヒーっていうギブアップでな」

「キー!豚じゃないって言ってんだロ‼︎」

「ホントだ、豚じゃねーわ猿だったわ」

「ぐわばばばば!覚悟ォォッ‼︎‼︎」

 

紫電一閃。

ガッシィィン‼︎‼︎

霞を斬り裂きパーソナルスペースへ飛び込んで来た兎の全体重を刀で、腕で、身体で感じて、おお。こいつはまるでセックスじゃねえか。

そう思った瞬間しこたま側頭部に一発喰らって鼻血と笑いが同時に噴き上がる。

痛ぇよバーカ。

初めてなんだから優しくして。


 

***


 

茫洋とした白の彼方に巨大なシルエットが浮かんでいる。

幅広の傘を拡げたその姿はホテイシメジかオニイグチかそれともベニテングダケか、今や都市機能の殆どが休止した江戸の森に君臨する静かな王様。

 

「……見せたい茸ってあれの事アルか」

 

毟ったようにボサボサの頭、血の滲む唇で神楽が言う。対する沖田も盛大に鼻血が垂れお世辞にもイケメンとは言えなくなっているからお互い様だ。

空の高い所はまだ微風が通る。胞子のカーテンがめくれるとターミナルとその上に停泊する巨大な円盤型宇宙船が姿を現し、傘部分の窓に光る赤や青の灯りが視認出来た。動力に原子力でも使っているのか、胞子の影響を受けず正常に稼働しているらしい。

 

「そ。地球に残った天人を脱出させる最後の臨時便だとよ」

 

水に乗って胞子そのものが流れゆく橋の上で、沖田は酢昆布の小箱を取り出して神楽に放った。中には刷り上がったばかりみたいにインキが匂う、固い切符が一枚きり。

 

「もちろん乗れるのは一握りの豪商か銀河連邦役員だけだ。でもそりゃ表向きの話、金さえ出せばガキの尻ひとつ潜り込む隙間くらい簡単に工面出来る。そいつはあくまで搭乗券だから、その後どんな扱いをするかは船長次第だ。でもテメェならそっから先は自分で何とかするだろィ?行先をちょちょっと変えさせて洛陽に寄らせるとかな。

この胞子がいつ止むのか、止んだとして馬鹿みたいに生まれて来るだろう新種の菌類がどんな風に世の中を変えちまうか、政治家にも専門家にも分からねえんだとよ。だったらそんな先の見えねえ星より生まれ故郷に帰った方がいい」

 

赤い欄干にもたれて神楽を見る。

 

「チャイナ。てめえ今日の外出、何ヶ月振りだった?」

「………」

「もう分かんねえよな。戸籍持ってる地球人だって数ヶ月待ちなんだ。不法入国のガキにはいつ迄待っても外出許可通知なんか来ねえ。今この『自由の星』じゃ、てめえはたった31分の外出も覚束ねえんだよ」

 

駄目で元々と言ったのはそういう意味だ。

今回は弟分の気持ちを汲んで土方が何とか書類を通してくれたのだろう、しかし次にお妙や新八が外出同伴者に神楽を希望したとして、それが通るかは土方にも沖田にも分からない。

 

「帰れよチャイナ。お前には他に帰る場所があるんだから。

ハゲ親父にくっついて宇宙を巡るとか、母ちゃんの墓の側で酢昆布屋やって暮らすとか(すぐ潰れるだろうけど)、どっかの青二才とちょっとだけ恋するとか(すぐ別れるに決まってっけど)何でもいい。とにかくテメェには、好き勝手に外を駆け回ってて欲しいんでィ」

「……」

 

胞子が降る。ほろほろ降る。雪のように降り積もって、俺たちの地球を少しずつ窒息させる。それは温度の無い雪で、当然雪解けもなく、攘夷浪士や武装警察の牙を折り自由闊達な兎をスノードームの球に閉じ込める。明るいガラス窓に映るのはA4用紙みたいに薄っぺらな何処までも続く白い闇だけ…それがもう俺には耐えられない。

 

「サド」  

 

と神楽が言った。

 

「ないてる」

 

頬を転がるのは胞子じゃ無かった。下瞼の縁を越えた水分はあっという間に乾いた粉に吸われて白い玉になり、その全てが小さなスノードーム。胞子に閉じ込められた水の惑星。顎から落ちるそれを壊れる寸前に掌で受け

 

「何か色々ごちゃごちゃ喋ってたケド、それ一言で何ていうか、お前知ってる?」

 

いつか見た青空の色の瞳で神楽が笑う。ああ懐かしいなと見惚れながら

 

「………なに」

「『私のことが大好き』っていうのヨ」

 

小さな身体が懐へ入りポンポンと背中を叩いた。つき過ぎた衣を落とすように、泣く子供をあやすように、単調で安心するリズムで。神楽の腕は小柄な体に比して短く、男の背中を抱き締めるには全然足りない。それでも沖田は母親に抱かれるように半ば目を瞑り口を開けて、朱いつむじのモロ◯コヨーグルみたいな匂いを感じている。

 

「もしかしてこれもう幻覚?」

 

ぎゅう、と華奢な体を抱いて沖田が呟くと

 

「じゃあこれも幻覚ナ」

 

背伸びした唇がパウダーシュガーをまぶしたさくらんぼゼリーの柔らかさで沖田の感覚器官を覆った。触れる鼻先から唇にかけて溶けそうに温かくて、これが俺たちのお出かけの日の終わり、甘酸っぱい句読点。


 

****


 

『サドへ

 

こないだは、久しぶりのお出かけ、楽しかったです。

お前はズタボロに言ってたけど、私は今の地球そんなに嫌いじゃない。何故なら白は始まりの色だし、胞子は始まりのタネだからです。

生えて来るのが食べられる茸だったらいいナとか、大きな茸なら窓とドアをくり抜いて私のお家に出来ないかナとか妄想をパックンマ◯クンして毎日忙しくしています。

銀ちゃんはとうとつに女体抱き枕カバーを縫い始めました。タダで転がってる胞子を詰めて『ご胞子さん』として売り出すんだそうです。新八は新八で何とか胞子を食べられないかと、煮たり焼いたり研究によねんがありません。

 

お前が貸してくれた漫画の主人公のように、世界がどう変わろうとわたしたちは、わたしたちのように生きていくだけです。

 

お前はどうしてますか?

DS.つぎ会うときかしてくだちい。 かぐら』

 

ニコニコ顔の山崎が入って来たのでとうとうこいつも頭沸いたのかと思ったら、神楽からハガキが届いたのだった。

番茶片手に卓上の灯りで読んだ。いい手紙だと思った。特に妄想を逞しくの所と、最後PSと思わせてマジでDSの辺り。声を殺して笑ってから白い窓に映る自分を見たら山崎の事を言えないくらい三日月形に口の端が上がっていた。

引き出しからハガキを出しペンを走らせる。

 

『次は漫画忘れんなよブース。

割と早く会いたいです。    おきた』

 

そして微笑の影を残したまま、行方不明者リストの続きを作るべく再び机へと向かった。

 

Do Somethig every day,

for people and me.


 

fin.

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