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「あのクソ女…吠え面かかせてやるぜ」

 

 息巻いて帰路についた沖田だが、眉を顰め、はたと立ち止まった。

 

「……デート?…って…………何すりゃいいんでィ?」

 

 黙って街を歩いていれば、妙齢女子の誰もが頬を染めて振り返る美男沖田。女に寄って来られることには辟易するほど慣れている。面白いくらいになんでも言うことを聞くので、寄って来たM女の首に冗談紛いで首輪を巻き、街を歩いたことも確かにある。が、自ら女を口説いた記憶がとんと思い当たらない。

 女を喜ばせるデートとは…?

 完全に思考停止に陥った沖田は自分が買った喧嘩が高い買い物であったことに今頃気がついた。

 

「はっはっはっは!!この程度のデートでこの私を満足させられると思ったアルか?片腹痛いわ!!芋侍めが!」

 

 高らかに笑い、女王の椅子から沖田を見下す神楽が脳裏を掠め、沖田は自分の妄想の神楽にギリリと歯軋りする。

(絶っ対ぇ負ける訳にはいかねぇ…あの女にだけは…)

 

 沖田は作戦を練るべく調査を開始した。

 

  このむさ苦しい屯所の中で女の事を聞くとなれば、真選組のフォローの鬼しかいない。背に腹はかえられぬ沖田は渋々副長室の襖を開けた。土方は文机に向かっており、来訪者の顔を見ないまま「何の用だ?」と尋ねる。

 

「知り合いの話なんですがね、慣れてない男が女をデートで喜ばせるにゃ、どこに連れてきゃいいのかって悩んでるんでさァ。あ、知り合いが、ですぜ」

「あ?………慣れてない男…?……今時期出かけるなら花でも見んのが一番だろ。目線を合わせず、一緒に花見て『綺麗ですね』っつっときゃ会話に困らずに済むからな。って…は?お、おい総悟?……え?………誰が?……誰と??」

 

 土方が書類から顔を上げた時には、副長室に沖田の姿はもう無かった。

 

 次は夕食後の食堂。

 食べ終えた食器を返却口で片付けている山崎に、沖田は話しかける。

 

「今、花っていやぁ何が見頃なんでィ?」

「花ですか?もうすっかり桜は散ってしまいましたから…そろそろツツジとかじゃないですかね?ほら、5つほど先の駅降りてすぐのとこに登山口があるじゃないですか?そこから20分ほど登ったところにお山のツツジ園があって……って、え?沖田隊長が…花?」

 

 皿を片付け終えた山崎が空のトレイを持って顔を上げると、そこにはもう沖田の姿は無かった。

 

 そして、風呂から上がった沖田は、談話室に立ち寄った。『月刊 人気のカフェ&レストラン』と書かれた雑誌を必死に読み耽る近藤の隣に沖田は座った。珍しく寄ってきた沖田に、近藤は嬉しそうに話しかける。

 

「おぅ総悟!これちょっと見てくれよ。今度お妙さんを誘ってみようと思うんだけど、こっちとこっち、どっちがいいかなぁ?」

 

 近藤が指さした先のひとつを沖田はじっと見る。

 

『──お山のカフェ

 山の豊かな環境で育った地鶏と、店主自らが育てた旬の野菜をふんだんに使ったランチ、産みたて卵を贅沢に使ったプリンがおすすめのお店です。店休日は火曜日、場所はお山のツツジ園から徒歩10分───』

 

 カシャッ

 沖田は徐にそのページにスマホを翳し、シャッターを切った。

「総悟?」

「近藤さん、ここなんかいいんじゃねぇですかィ?」

「ん?!どこどこ??」

 

 沖田が指した『新規オープン! 闇鍋専門店』のコーナーに近藤が気を取られている隙に、沖田は談話室の雑誌を一冊抜き取り、自室に戻って行った。


 

 沖田が真面目に文机につくのは宇宙毒物劇物取扱免許取得の時以来だ。

 沖田は真剣な表情で『デートの心得30ヶ条』という雑誌の頁を捲っている。近藤の需要で、こういう雑誌は屯所の応接室に大量に置いてあるのだ。

 

『待ち合わせに遅れない』

(あの女はこっちが迎えに行かねぇと寝坊して出てこねぇ気がする…)

 

『重い荷物は持つ』

(いやいやあいつの方が怪力じゃねぇか…)

 

『歩幅を合わせる』

(歩幅?今までどうやって歩いてたか思い出せねぇ…)

 

『相手の食事が終わるまでゆっくり待つ』

(食い終わるのか…あいつ永久に食ってそう…)

 

 雑誌を読みながら沖田は自分でも気づかぬうちにデートの日を想像して笑っていた。そして、最後の項ですんと真顔に戻った。

 

『スマートなエスコートで意中の彼女は貴方に夢中』

(……は?ちげーし。全っ然ちげーし。チャイナは意中の女なんかじゃねぇ。勝負だから仕方なくだな…。あいつは……あいつは…?)

 

 沖田は今度は自発的に思考を停止すると、雑誌を放り、灯りを落として布団の上に寝転った。薄闇の中、天井の木目に不貞腐れ顔の神楽が映る。あのクソ生意気な少女は沖田のデートプランを喜ぶのだろうか…。沖田はアイマスクを下ろし、瞼を閉じた。

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