沖田と神楽は畑の横で腰を傷めて倒れていた老人を助けた。沖田がおぶって家まで送り届けると、老人の妻はお礼にと、沖田と神楽に昼飯を勧めて来た。辞退しようとした沖田の横で、盛大に神楽の腹の虫が鳴く。
大笑いする婆さんに促され、沖田と神楽は屋敷に上がった。
木の芽の薫るたけのこご飯、菜の花の浸し、えんどう豆のかき揚げと、ニジマスの塩焼き。
どれも美味しい。それらを、神楽はすごい勢いで掻き込んでいく。その向かい側で沖田は静かに箸を運んでいる。
「こんなに食べて貰えると、とっても作りがいがあるわねぇ!」
「食い意地張りすぎ……遠慮ってもんを知らねぇのか?てめぇは」
「あら、いいじゃない!いっぱい食べて元気な子供を産まなくちゃね」
「ぶほぉぉおおおおおっ」
「うわっ!!きったねえなてめぇ!!」
口内の食べ物を目の前に大噴射した神楽に沖田が青筋を立てる。
「婆ちゃん、違うアル!!こいつは私の敵ネ!!ぶっ殺す相手アル!!」
「あら?そうなの?てっきり夫婦か恋人かと思ったわ」
その時違う部屋から
「おーい、お嬢ちゃん、ちょっとこっちに来てくれんか?」
と、声がかかり、神楽はこれ幸いとばかりに立ち上がり、声のした部屋へと走って行った。
「可愛い子ねぇ。お兄さん、早く捕まえておかなくっちゃ」
沖田は、箸を置き、部屋から見える庭を暫し眺めた。ヒヨドリが庭木の枝で囀っている。
「……俺にはもったいなくていけねぇや」
沖田は誰に言うでもなく呟いた。
「サドーー!!すごいアル!!」
走り戻って来た神楽は胸に小さな瓶をかかえている。
「じっちゃん、蜜蜂共を手下にして、れんげの蜂蜜を作ってるんだって!!ごっさ美味しいアル!!」
神楽はの瓶の中にスプーンを突っ込み、とろりと黄金のはちみつを絡ませた。そして神楽は沖田の口の前にそれを運ぶ。
沖田は突き出されたスプーンを暫く見ていたが、観念したように口をつけた。鼻腔を抜けるれんげの花の香り。ほんのりと酸味のあるなめらかな甘さが沖田の口内に広がった。
「どうアルか??」
「……甘ぇ」
「美味しいダロ?」
「……あぁ」
沖田の答えに神楽が満足そうに微笑む。婆さんは沖田の耳元で小さく「頑張ってね」と言い、楽しそうに笑った。
たけのことはちみつをたくさん土産に貰い、沖田と神楽は山を降りた。神楽が持っていた土産の袋を沖田はそっと奪い、自分が持って歩いた。歩調を合わせることも忘れなかった。
神楽が歌う調子のハズレた歌を聞きながら、沖田は時折、からすのえんどうで作った笛を吹き、神楽にバレないよう小さく微笑んだ。
夕日が包むかぶき町に、2人は無事辿り着いた。
万事屋の階段を数段昇り、神楽は沖田を振り返る。
沖田の目線の先には神楽の靴があった。土で汚れた白かったはずの靴。汚れたスカートの裾。視線を上げると、少ししおれた花冠をつけた神楽が、不思議そうに沖田を見ていた。
『スマートなエスコートで意中の彼女は貴方に夢中』
雑誌の文言を思い出し、沖田が自嘲気味に笑った。
完敗だ。
事前に準備した予定は何もかも失敗で、飲み物一杯すら奢っていない。
せっかくめかし込んで来た娘を連れ回し、こんなに無理させてしまった。
「悪かったな」という言葉が沖田の喉までせり上がり、そして詰まる。
結局沖田の口からは、
「……じゃーな」
だけが発せられた。
「あのね!」
背を向けて歩き出す沖田を、高い声が呼び止めた。沖田は足を止めて振り返り、神楽を見上げた。
「今日楽しかったナ!」
「?」
「電車も楽しかったし、山の道はキラキラしてたアル!湧き水があんなに美味しいなんて初めて知ったヨ?!れんげ草の畑は最高に綺麗だったし!じっちゃんと婆ちゃん家のご飯も最高に美味かったよネ!!」
神楽は沖田を留めようと捲し立てるように話した。そして、萎れかけのれんげの腕輪と指輪のついた左手を沖田に見せた。
「これも!!……嬉しかった……ネ」
沖田が目を見開く。
「オマエの…知らない顔を今日はいっぱい知ったアル。私はとても楽しかったネ。……それで……だから……賭けは私の負けアル」
神楽は階段を降り、沖田の目の前に立った。
「土下座はしないけど…この位はしてやるヨ」
神楽は爪先立ち、沖田の頬に自分の唇を押し付けた。真っ赤に染まった神楽は夕陽に紛れて階段を駆け上がる。
「チャイナ!」
沖田の声に、今度は神楽が振り返る。
道路に佇む沖田は照れくさそうに頬を掻いた。
「………来週の休み…ツツジ見に行く?」
神楽、ほころぶ。
今日一番の蕩けるような笑顔が、沖田に向けて咲き誇った。
表紙素材:Atelier B/W さま(https://atelier-bw.net/)