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神楽は白い傘を開いて畑に降り立ち、れんげ草の海の中ではしゃいでいる。その間、沖田は屈み込み、れんげ草を1本、また1本と抜いていた。

 

「綺麗アルなぁ!!」

 

 ニコニコと駆け寄ってきた神楽は沖田の手元を覗き込んだ。沖田の手にはたんぽぽの綿毛が握られている。沖田は近づいてきた神楽に向かって、フッと綿毛を飛ばした。

 

「ブワッ!!!何するアルか?!」

 

 神楽が顔に飛んできた綿毛を払っている間に、沖田は神楽の頭にれんげの花冠を載せた。

「ん?」と、神楽が手を伸ばし、冠を下ろして見つめる。

 

「わぁぁぁあ!!すごいアル!!ごっさ可愛い!!」

 

 沖田は照れ臭く、喜ぶ神楽の方は見ずにたんぽぽの茎のをいじり、その空洞に、れんげ草を1本差し込んだ。そして、もう一本のたんぽぽの茎をストローのように口に咥え、フーっと息を吹きかけた。すると沖田の吐息でれんげ草はクルクルと回った。

 

「スゲーー!!かっけーアル!!」

「昔、姉上がよく作ってくれたんでィ」

 

 花冠を頭に載せた神楽が、嬉しそうに「他には?他には?」と目を輝かせる。沖田は長めに抜いたれんげ草の茎に爪で切り込みを入れ、輪っかを作り、神楽の腕にはめてやった。

 

「腕輪」

「可愛いアル!!他には?他には?」

 

  子供の様にせがむ神楽。悪い気がしない沖田は今度は短めのれんげ草で小さな丸を作った。

 

「指輪」

「可愛いアル!!ちょーだいヨ!!」

 

 迷いなく差し出された神楽の手の甲に、沖田は戸惑い、固まった。

 

「早くちょーだい?」

 

  急に体内を巡る血流が早くなったことを自覚しながら、沖田は神楽の指先に手を伸ばした。5本ある指先のどこにするべきか…と沖田の動きが止まる。神楽の小さな左手は1本の指を強調して催促する。沖田は戸惑いながらゆっくりと細い薬指にれんげ草の指輪を入れた。

 

「どうアルか?」

 

 神楽は左手薬指のれんげの花と満面の笑顔を沖田の方に向ける。その時、神楽の耳元でブンと羽音が響いた。視界を掠めながら小さな虫が神楽の髪の周りを飛び回っている。

 

「わっ!!蜂っ!!」

 

  近距離から耳元に響く羽音はなかなか去ってくれず、神楽は慌てて蜂を追い払おうと頭を左右に振った。

 

「じっとしてろィ」

 

 神楽の頭に沖田の手が載せられ、神楽は動きを止める。

 

「大丈夫。蜜蜂でィ。じっとしてりゃ何もしねぇよ」

 

 沖田は神楽の髪に留まった小指の爪ほどの小さな蜜蜂を、柔らかい手つきでそっと神楽の髪から離れるよう誘導した。

 

「れんげの花の蜜は蜜蜂の好物なんでィ。今は奴らの書き入れ時だからな」

 

 神楽は近くのれんげの花に止まる蜜蜂を見つめた。落ち着いてよく見ると、とても小さくて丸っこく可愛い。花から花へと飛び回り一生懸命に蜜を集めている。神楽は屈み込み、じっくりと観察した。

 

「…よく見ると…なんだか胸のとこふわふわしてて可愛いアルな…」

「あぁ」

 

 神楽の背側から沖田も体を屈めて蜜蜂を覗き込む。

 

「蜜蜂の奴、花と間違えたんだろうなぁ。てめぇの髪、花みてぇな色してっから…」

 

  神楽が振り返り、睫毛をパタパタと上下に揺らした。驚いた表情の神楽が沖田を見つめている。その頬に沖田は指を伸ばした。神楽の柔らかな橙色髪が春の光を反射している。

 

「……髪食ってる」

 

 沖田が神楽の口の端から髪を掬った。

 

「クク…腹減ってんの?」

 

  神楽の青は目の前の男を映していた。

 沖田は神楽が今まで一度として見た事のない表情をしていた。幼い子供に語りかけるような慈愛に満ちた表情だった。神楽の瞳は沖田を映し続けた。映画監督の様な気分で沖田の今の表情を逃してはならない、焼き付けておきたいと神楽は思った。

 青い瞳に見つめられていることに気がついた沖田は、我知らず顔に出ていたものをスっと無表情の内側へと引っ込めた。すると神楽は更にまじまじと沖田を見つめた。小さな子供が面白い虫でも見つけた時のような好奇心に満ちた表情で、沖田の顔から消えた何かを探している。沖田は居心地悪気に口元を歪めたが、神楽から視線を逸らしはしなかった。神楽より先に目線を外すことは沖田の中の動物的本能が許さなかった。動物間において、先に視線を逸らす行為は負けを意味する。

 沖田はいつもの様にガンをつけた。顎を引き、睨み下ろす様に神楽の視線を受け止める。神楽はそれでも動じずに沖田を見つめ返した。

 沖田は「何か言え」と言う気持ちで神楽の口元を見た。

 神楽も沖田の言葉を待って無意識に沖田の唇を見つめた。

 次の季節へと向かう春風が二人の間をすり抜ける。

 二人の距離が少し縮まった気がするのは錯覚か。先程より鼻先が近くなり、焦点がズレる。沖田の上唇の先に神楽の気配が近づいた……その時だった。

 

「お~い……誰かおらんかぁ??お~い…誰かぁ、助けてくれぇ…」

 

 二人のいるれんげ畑の近くから情けない老人の声が響いた。ハッと我に返った二人は一気に離れ、声のした方を振り返った。

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