夕食処は小さい和室にテーブルセットを置いた個室だった。仲居に案内されると、既にお通しと前菜、小さな一人用の土鍋が並べられていた。
「いっただっきまーす!」
キラキラと顔を輝かせて手を合わせる神楽に、沖田も倣って手を合わせた。
「商店街も太っ腹だねィ。これで2等だってんだからな」
前菜をツマミに、別で注文した地酒を飲む。浴衣姿の神楽を前に、美味しい酒が飲めるなんて。喉を通るアルコールも手伝って、気分が良かった。
「オマエんとこのゴリラが姉御の店に沢山金を落としてるからだって。だからかぶき町の商店街は金があるって銀ちゃん言ってたネ」
「あ~。確かに近藤さんだけじゃなくて、とっつぁんもしょっちゅう行ってるからな……」
「……オマエだって行ってんダロ?」
「付き合いで行ってるだけでィ。タダで酒が飲めるしな」
小さな炊き合わせの小鉢を手に持って、神楽は口を尖らせた。
あれ?と沖田は思った。気分はいいが、まだ一ミリも酔ってなどいない。普通の状態だ。
それなのに神楽のその言葉は、そういう所に行ってほしくないと言っているように聞こえる。
「マジ?」
ドキドキと鼓動が速くなる。もちろんこれもアルコールのせいなどではなかった。
「鯵だと思うネ。美味しいアル、この、ひでろう」
そりゃ『なめろう』だ。と言いたかったのに、言葉にならなかった。いや、それってヤキモチ……?嘘だろ。いや、でもまだ確証はないのだ。ここで変な事を口走ってしまって、雰囲気が悪くなるのも駄目だ。何故ならダブルベッドで一緒に寝なければならないのだから。
ぐるぐると考えを巡らせる沖田だったが、
「『すまいる』しか行ってねェし、それも嫌だってんなら行かねェ」
と巡らせた割には、ただの彼氏としか思えないようなセリフを吐いてしまっていた。
結局先走ってしまったそんな言葉に、それでも神楽は嬉しそうに頷くと、
「私も『すまいる』しか夜のお手伝いはしないネ」
と安心でしょ?と彼女のような台詞で返した。神楽は無意識だったが、沖田は盛大に混乱した。
(あれ?いつの間に付き合ってたっけ?恋愛成就しちゃってるんじゃ……)
だったら『すまいる』すら駄目だって言ってもいいのでは?と思い至ったが、吸い物のじゅんさいと一緒にツルリと飲み込んだ。
その後は揚げたての天ぷらだったり、舟盛りだったり、海沿いの旅館ならではの料理が続き、沖田も地酒を何種類か試した。
互いに真意を探りたいが『すまいる』の話以降は、神楽が目一杯に口にご飯を詰め込むので、自然に会話も少なくなってしまった。
食べ切れなかった沖田の分も平らげて、神楽はお櫃で出されたタコ飯を浚えて茶碗によそう。
「あのネ」
吸い込む様に食べていた先ほどの勢いは消えて、神楽はポツリと話し出した。
「何?」
「私、オマエと過ごすの嫌じゃないアル。……じゃなくて楽しいアル。今日もごっさ楽しみにしてたネ」
沖田は意図が掴めず「おう」と短く返すことしか出来なかった。茶を啜っていた手を止めて、湯のみをテーブルに置く。
「だから……また一緒に色んな所に行きたいネ。ふ、二人で!」
ポッと手元の蛸のように頬を染めた神楽が、言い切るように語尾を強めた。何を言われたのか処理が追い付かない沖田だったが、熱い茶を一旦置いた自分を褒めてやりたい。絶対零していたはずだから。
「えーと、うん。たりめェだろィ。俺だって二人で行っていいのはチャイナだけでィ」
ああもうこれ、告白じゃね?と思ったが、仲居によって運ばれてきたデザートで話の腰を折られてしまい、真意を確認するには至らなかった。
しかし食後の氷菓を口にしながら、沖田は決意を新たにする。
帰るまでに想いをきちんと確認して、絶対恋人になってやる……と。
しかし出先の罰が当たったのだろうか。沖田が持ってきた物がそれを許してはくれなかった。