「あ!あの車ですか?」
新八が此方に向かってくる車を指さした。
「どうしよっかなー。神楽ちゃんが歩きにくそうにしたら、ここを滅茶苦茶にしていいですかー。泣いていいですかー。ううっ」
銀時は昨晩のヤケ酒が抜けておらず、ずっと面倒臭い。
「いい加減にウソ泣きやめろ!」
土方は銀時があまりにも面倒くさくて、今朝から煙草の本数はいつもの倍以上になっている。
「まぁまぁ、もう総悟も二十歳だからムラムラは解禁だしなぁ」
近藤の言葉に、銀時はまた大げさに声を上げて泣き真似をする。
「市民の味方じゃないんですかー!そのV字は飾りですかー!」
屯所の前で待ち受ける保護者達に沖田はため息をついて車を停めた。江戸に入った辺りで、無線に土方から屯所に直帰するよう連絡があったのはこういう事か。
それもこれも二人の仲がはっきりしていないせいだろう。本当ならば、想いを告げて手を繋いで見せびらかしたかったのに。それもこれも寝落ちた自分が悪いのだから、誰に当たることも出来なかった。
今更後悔しても遅いが、こんなことになるならば旅行に行く前に想いを告げるべきだった。臆病風に吹かされた自分をぶん殴ってやりたいがもう遅い。
フツフツと消化不良の想いが胸を締め、沖田は大きなため息をつく。それに神楽は肩を揺らしてリクライニングを元の位置に戻した。
「着いた……アルか?」
「おー。旦那たちがお待ちだぜ?」
「あ、ウン」
驚かない神楽に沖田は首を傾げたが、もしかしたら無線が煩くて起きていたのかもしれないと思い直した。
「荷物出すから降りろ」
沖田が荷物を下ろしている間に、神楽は銀時と新八に寄って行き土産を渡していた。
普段は覆面として使う為、簡単に忘れ物が無いか確認をする。すると助手席のドアポケットに、パチパチキャンディが封の開いていない状態で入っていた。帰る前に渡すかと、それをとりあえず袂に入れる。
沖田が荷物を神楽に手渡すと、銀時が待ってましたとばかりに血走った目を向けてきた。
「うちの子に手を出してないよね?」
車の中でずっと自責の念に駆られていた沖田は、ここに来て何かがプツッと切れてしまった。
「出すつもりだったんですけどね。好きな女を前に柄にもなく緊張しちまってようで。でも抱えて寝たからグッスリでさァ」
隣に立っていた神楽の肩を抱く。驚き目を見開く保護者達。しかし神楽も驚いて沖田を見上げていた。
「何でィ。チャイナ」
「お、オマエ……トシが好きだったんじゃないアルか?」
だって……と神楽は服のポケットから紙のような物を取り出した。
一瞬何か分からなかったが、見覚えがあった。そして考えること0.05秒で答えにたどり着く。
(いや、待て!何で持ってんでィ!)
沖田は咄嗟に声が出ず、心で叫んだ。しかしそんなもの神楽に聞こえる訳もなく。
呆気なく土方の写真は晒されてしまった。
「だって旅行にまでトシの写真持って来てたんだモン。自分の心に嘘つかなくてもいいヨ……私は大丈夫だから」
ピラリと掲げた写真に男達は固まる。それは土方しか写っていない写真。
神楽は目を伏せた。
「「「「は?」」」」
――そして冒頭へとつながる。
屯所の門前に急転直下した爆弾だったが、沖田はいち早く復活した。今までの戸惑いが嘘のように、急に肚が座った気がした。
神楽の両肩を掴んで、沖田と真正面で向い合せる。
「違う!!俺が好きなのはチャイナでィ」
「じゃあ何でトシの写真を持って来てたアルか」
ああもう、ホント。時間を巻き戻したい。自分の馬鹿さ加減に呆れる。
「冷静になるために決まってんだろーが」
「意味が分からないアル」
「だから!チャイナに手を出すといけないから!ずっと好きだった女と二人っきりで一つの部屋で寝泊まりして、何もしない自信が無かったから、憎たらしい野郎の写真を見て、萎えさせようとしたんでィ!」
珍しい沖田の大声で、辺りは更に痛いほど静まり返った。しかしそんな事は言っていられない。今言わないと取り返しのつかない事になってしまう。
ヒュッと神楽が息を飲む。そして大きな目からポロリと雫が零れ落ちた。
「わ、私の恋愛、成就してたアルか?」
「ったりめーだ!もうずっと成就してんでィ。絶対ェ俺のが先だったからな」
「笑福〇鶴瓶だっけ?」
「開運招福な」
小さな顎を掴んで上を向かせる。
「ちょっと待ったァーー!」
察知した銀時が引き離そうとするが、それより先に懐のパチパチキャンディの封を切って、全部口に流し込んでやった。
口内が暴れて悶える銀時に、新八が駆け寄る。やれやれと煙草に火を着けた土方の肩を、理解が追いつかない近藤が揺すっている。
それを横目に、やっと誤解の解けた可愛い女の口を塞ぐ。
「ンンッ、オマエ……」
「爆弾娘にゃ丁度いいだろィ」
そっと話す二人の口内もキャンディが小さく弾けた。