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食後にフロント横の土産物屋を少し眺めた後、部屋に戻って来た。レースのカーテンは閉めていても、もう夜という事実が一層ダブルベッドの存在感を増す結果となった。

 

「私もう一回お風呂入ってくるネ。オマエは?」

「あー、俺も行く。このまま居たら寝ちまう」

 

沖田は一旦、冷静になりたかった。水風呂にでも入りたい気分だ。

 

「髪の毛とか洗って乾かしたいから、先に部屋に戻ってるヨロシ」

「浴衣どーすんの?着れねェだろィ」

「パジャマ持ってきたから大丈夫アル」

「じゃあ鍵、二つあるから。ちゃんと持ってけよ」

 

「ウン。あ、あの……」

部屋番号の着いたルームキーを差し出すと、それを握ったまま神楽が口を開く。

「なに?」

奪うようにして手を引いた神楽は、ベッドの方にスタスタと歩いていって、

「私、こっち側で寝るから、オマエこっちネ!じゃあ先にお風呂行ってるアル!!」

と、俯いたまま、枕をそれぞれ指さして叫ぶようにして部屋を出て行ってしまった。

 

ぽつん、一人取り残された沖田は、じわじわと頬に熱が集まるのを感じた。

最悪畳の上で寝ることも止む無し……と思ったりもした。

 

「マジかよ……それって一緒に寝るのがOKってことか?寧ろどこまでOKなんだ?」

 

やっぱり水風呂に入ることになりそうだ。でももしかして……と持ってきた小さな風呂敷包みを開けた。

 

 * * *

 

脱衣所を出たところにある休憩スペースには、見渡しても沖田の姿がなかった。先に部屋に戻っているのだろう。

売店も閉まっていて、館内はひっそりとしていた。静かな空間を思考を巡らせながら、ゆっくり歩く。少し気持ちを整理したかったのだ。

 

沖田も憎からず想ってくれているとは思うが、それを確認した訳ではない。食事の時に言われそうな雰囲気だったが、結局聞けずじまいだった。乙女的にも勇気を振り絞ったのに。

どうでもいいことには口が回るが、大事なことほど上手く言葉に出来ない。

 

それなのに。

 

「一緒に寝て欲しいってどうして言っちゃったアルか……」

 

頭を抱えてしゃがみ込む。キャラ的には「私はベッドでオマエは畳の上で寝るヨロシ!」が正解だったのでは?

 

でも考えるより先に言葉に出してしまっていた。友達のラインを超えたかった思いが溢れたのだ。沖田の返事を聞かないまま飛び出してしまったから、どういう反応をしていたのかは分からないが。

 

遠くて宿泊客の話し声が聞こえてきて、神楽はゆっくり立ち上がり再び歩き出した。

 

 * * *

 

「あれ?」

 

神楽が扉を開けると、やけに静かだった。明かりは煌々と灯っていて、テレビもごくわずかな音量に落とされていたが、つけっぱなしのままだった。

テレビの前まで来て気付いた。沖田がベッドで寝息を立てているのだ。

 

「はぁ~。色々悩んで損したアル」

へなへなと畳の上に腰を下ろす。

 

残念だったけれど、ちょっとだけホッとした。何だかんだ言って関係を壊すことは勇気が要る。考えなんて纏まっているようで纏まっていないのだから。

 

「私も寝ヨ……」

 

確かに沖田は昨日も仕事だっただろうし、ずっと運転してくれていた。天然温泉に二回も浸かればアルコールも手伝って、待っている間にうっかり寝落ちてしまったのだろう。

 

歯ブラシを咥えてカーテンの隙間から外を眺める。深夜にはまだ早い時間だったが、夜の海は真っ暗で、月だけがぽっかりと光りを放っていた。

 

かぶき町の夜空とは全く違う濃い夜、さらには窓ガラスにベットで寝ている沖田が映っていて、あまりの非日常に胸の奥がむず痒くなってしまう。

今からあの隣で寝る。神楽が使うと言っていた方の枕は何故か沖田が使ってしまっていたけど。別にどっちでもよかったのだ。

口に溜まった泡を吐き出そうと洗面所に向かう途中、白い何かが落ちているのを見つけた。

 

「ン……?」

拾い上げると写真の裏の様で、画鋲で指したような穴が開いていた。不思議に思ってひっくり返す。そして泡を飲み込んでしまった。

 

「……トシ?」

 

呆然とする神楽の手の中には、土方だけが写っている写真が。

 

神楽が持って来た物ではない。だってこんなの初めて見た。とすると沖田が持ってきたという事になる。

 

もしかしたら……。

 

「コイツの好きな人って……」

 

少し前の悶々としていた自分が恥ずかしくて、でも沖田が寝ていてくれて良かった。やっぱり言ってしまっていたら、今の友達関係ですら壊れていた可能性があったかもしれない。

 

写真がブルブルと震えて、神楽は漸く自分の手が震えていることに気付いた。それを座卓の上にそっと置く。

ヨロヨロと力なく立ち上がって洗面所へと向かった。

 

大きな鏡には真っ青な顔色した自分が映っている。動かない頭で口を濯ぐと、ポロリと涙がこぼれて来て、水を流しながら少しだけ泣いた。

水で顔を洗い、タオルを顔に押し当てる。少しだけ冷静になれた。何も始まっていなくて、ただ現実を知っただけのこと。

 

沖田が私に優しかったのは、唯一とでも言えるような年近い友人なのだからだろう。それ以下でもそれ以上でもない。本当は土方と一緒に来たかったのだろうか。それをあの男はマヨネーズのがいいと言ってしまったから。

 

土方は神楽と一緒に旅行に行かせても何とも思わない。そういうことなのだろう。

だったら神楽にだって望みはあるのかもしれない。でも当分は頑張れそうになかった。今できることは友人として接してあげることだ。胸は痛んでしまうかもしれないけれど。

 

パチンと頬を両手で軽く叩いて洗面所を出る。沖田の横に寝転ぶ時は緊張するかと思っていたけれど、ちっともドキドキしなかった。寧ろシクシクと痛む胸に、こうやって寝顔を見れるのも最後かもしれないと、沖田の方へ顔を向けた。

 

子供みたいな寝顔に笑みが零れる。それと同時に涙まで零れそうになって、慌てて仰向けになった。

 

ベッドが軋んだからか、沖田が身動ぎをする。不意に引っ張られた神楽は、何故か抱き枕の如く抱え込まれて、パチパチと瞬きをした。

 

(え?え?)

 

途端に涙は引っ込んで、代りに頬がカッと熱くなる。

 

沖田の浴衣は胸元がはだけてしまっていて、そこにくっ付いている頬へ体温がダイレクトに伝わってくる。

 

(明日からは友達として接するから……)

 

沖田の気持ちを無視することに申し訳なさを感じつつも、我慢できなくて広い背中に腕を回した。

ゆっくりとした鼓動は、神楽落ち着かせて自然に瞼を閉じる。

 

神楽が眠りに落ちる寸前、

「チャイナ……ごめん」

と呟いた沖田に、大丈夫と返すようにして神楽は腕に少しだけ力を込めた。

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